💛前回までのあらすじ
披露宴の為、シカゴにやってきた二人。そこでキャンディはテリィにある疑問を抱いた。スザナと婚約し結婚秒読み状態にあったテリィは、父親の承諾など無くても結婚できたのに、何故突然やめたのか。時同じくして開かれたアードレー一族の集まる夕食会で、スザナとの婚約記事は全てデマだとテリィは言ってのけた。それはアルバートが描いた台本だったが、アルバートは事実に基づくと言ってキャンディを諭した。テリィに何も訊けず悩むキャンディ。一方テリィも、事実を話したらキャンディを傷つけると躊躇していた。そんな中盛大に披露宴が行われた。テリィに不信感一杯だったアーチーは、アルバートからテリィの話を聞き、キャンディへの想いの深さを知った。

 

 


7章 旅路


★★★7-1                        
「まるで夜逃げね・・」
キャンディは眠そうに眼をこすった。
「まるでじゃなくて、まさに夜逃げだ」
開き直ったようにテリィは答える。
夜明け前の下り列車。乗客はまばらだ。
向かい合って座った二人は、まるで鏡のこちらと向こう側のように車窓のわずかな枠に頬肘を突き、ようやく朝焼けに染まり始めた山際をぼんやりと眺めていた。
「・・こそこそ変装する必要なんてある?」
変装をしているテリィにチラッと目を向ける。
ハンチングを深々とかぶりマフラーで顔を半分覆っている。
冬のごく普通の装いともいえるこの格好を、変装と言ってしまうのは少し大げさな気もするが。
「・・夏に学院の創立祭に行った時の事、覚えているか?俺たちの正体がばれて騒ぎになっただろ?」
「覚えているけど、それが何か?」
「あの後、創立祭は中止になったそうだ。ロンドンから来た女性記者が教えてくれた。まるでソフトクリームをかくはんしているみたいに、生徒たちがぐるぐると校内を走り回って収拾がつかなくなったって」
「ええー!?本当!?・・やだ、そんなつもりなかったのに。招待されなくなったらどうしよう・・」
キャンディは性懲りもなく参加したいらしい。
「つまりだ、わざわざ騒ぎを起こさない方が良いってこと。列車を止めたくはないだろ?」
「そうね・・」
キャンディは納得するしかなさそうだ。
「君も変装してきたの?」
しょぼくれるキャンディを見て、テリィが可笑しそうに問いかける。
頭には白いニット帽、首にはぐるぐるとマフラーが巻かれ、大きな瞳以外は埋まっている。
「こうした方が温かいの!」
おそらく今、頬を膨らましているのだろうが、それさえも隠れて見えない。
キャンディのマフラーを見ながら、テリィはこれを買った時のことを思い出した。

門番に渡す品を買った時のことだ。
テリィはついでにマフラーとセーターを二組買っていた。
いや、ついではむしろ門番の方か。 
クリスマス休暇に入ってすぐ、キャンディの希望でスコットランドの別荘に数日間滞在したのだが、あまりの寒さに慌てて防寒着を買い足したのだ。
テリィは直ぐに白いセーターに決めたが、キャンディは悩んでいた。


『だって・・白はケチャップが付いたら落ちないんだもん・・』
『じゃあ、ケチャップ色にすれば?雪に埋もれても直ぐに探し出せる』
『・・テリィもそれにしない?』
『俺は白。ケチャップをつけたりしないし、生き埋めにもならないから』
『はんっ、決めた、白にするわっ!』


キャンディはケチャップと凍死のリスクを負ってでも、お揃いにしたかったようだ。
マフラーは紛らわしさを回避する為色違いにした。
その大きさから、ストールと言ってもいいかもしれない。
マフラーはとても温かく、今回のアメリカ旅行でも重宝していた。
目立つのは避けたい二人にとって、ペアの品を身に付けるのはリスクでもあったが、お気に入りの品を留守番させるのは忍びなかった。
幸いごく一般的な柄だった為か、これまでの旅で人目は引いていないようだ。

「・・そのニット帽、あいつからのプレゼントだろ?セーターの色と合ってるな。似合うよ」
「大活躍よ!寝癖を直す手間が省けるもの。今度会ったらお礼を言わなくちゃ。アルフレッドさんって言ったかしら?鼻が赤いんですってね、ジャスティンが言ってたわ」
「・・鼻が?」
それはトナカイだろ、と思いつつ、テリィは突っ込むのをやめた。
それ以前に、分からないことが目白押しだったからだ。
(――だいたいどうしてアルフレッドがキャンディに・・?)


『テリュース、これ。君の白衣の天使に渡してくれ・・クリスマスプレゼント』
『・・キャンディのことか?・・・プレゼント?』
『結婚祝いだよ』
『そうか、ありがとう・・(・・俺には?)』


結婚祝いの定義から外れてないか?などと思っていると、今度キャンディに会わせてくれとアルフレッドは言った。できれば昼間にと。
断る理由はないが、時間指定の根拠は何なのか。

どこかモヤっとした思いで受け取った翌日、第二弾がやってきた。

『これ、キャンディに渡してくれ。ジャスティン・グレイスからだとちゃんと伝えてくれよ』
『君も・・?』
『何だよ、他に誰か抜けがけしたのか?・・もしかしてアルフか?』
『よく分かったな』
『フフっ・・、俺のプレゼント、キャンディが前から欲しがっていた物だ。出し抜いて悪いな』


自慢げに言っていたジャスティンの事を思うと、不憫でならない。

プレゼントを受け取った時のキャンディの反応を思い出し、テリィはクックと笑った。

『わぁ、かわいい!・・だけど、ミトンの手袋が欲しいなんて言った覚えはないけどな?』

 

 


画像は紫さんのブログからお借りしました。 


琥珀色の朝焼けが空いっぱいに広がり始めた。
コートの内ポケットから懐中時計を取り出し、テリィがつぶやく。
「そろそろ大おばさまの起床時間だな」
「・・まさか本当にルイーズ・ラベの詩を朗読させられるとは思わなかったわ。テリィって、意外と几帳面よね」
「嘘を本当にする必要があったからさ。大おばさまとの信頼関係は大事だ。だけど、大おばさまは理解力があるな。就寝前の朗読が二人の日課なら、同じ寝室を使えばいいなんて。おかげで真新しいフランスベッドで眠る機会をまた逃した」
「ゲストルームで朗読したって良かったのよ?あなたがアルバートさんの安眠を妨害したくないなんて言い出さなければ。私の声が騒音だとでも言いたいわけ?訳の分からないラテン語を延々と朗読させられて、私の方こそ一気に眠くなったわ。昨夜のソネットは何番だったの?」
ルイーズ・ラベを睡眠導入剤のように語るキャンディに、半ばあきれながらテリィは言う。
「君は俺の言ったことをオウムのように繰り返していただけじゃないか。しかも寝ころびながら。昨夜の詩は十八番だよ。朝食の時にそう言っただろ?」
「そうそう十八番!花嫁にはピッタリだって。それで、どんな詩?英語に訳してくれない?」
テリィは何となく面白くない。
「やだね・・。自分で訳せよ」
急に素っ気ない言い方になったテリィに、キャンディはムッとする。
「・・ラテン語なら教えられるのに英語だと教えられないわけ?・・なら、ジョルジュにきくからいいわ」
反撃されて、テリィはギクっとした。
キャンディに英訳を唱えるジョルジュ、英訳した紙を渡すジョルジュ。想像するだけで耐え難い。
決してジョルジュにケチをつけているわけではない。
キャンディに詩の内容を教えるのは、自分以外有り得ない。
テリィはあっという間に追い詰められた。
「・・わかった、教えてもいいよ。その代り交換条件だ。君の日記帳の最後のページには、俺へのメッセージが書かれているんだろ?それ、教えてくれよ」
今度はキャンディがギクっとした。
「・・な、なんであなたがそれを知っているのよっ」
「えらく気色悪い言葉だって、アルバートさんが急に口籠ってさ。最初は教えたそうだったのに、気になって仕方がない。単なる悪口なら構わないけど、末代まで呪ってやるとか出生の秘密をばらすとか、そんな類なら―」
「そ、そんなわけないでしょっ!罵詈雑言じゃないわ、普段言っている言葉よっ」
「普段?・・・素敵よ?あ、ふざけるな、もよく言ってるな。あとは・・」
クイズを楽しむかのようなテリィの態度に、『ふざけないでよ』と言いたいのを必死に抑える。
うしろめたい内容ではないが、わざわざ発表するほどでもない。第一いまさら恥ずかしい。
「俺へのメッセージなんだろ?本人に直接伝えるチャンスだぜ?こんなことは滅多にない」
(・・・いくらでもあるわ)
キャンディが渋っていると、
「――私を残して、かっこいいあの人は朝日の輝く大海原へ旅立っていった・・・」
テリィはナレーションを始めた。
「はい、そこで君の言葉ね。『テリュース・・、失礼しちゃうわ、まったく!』―で、あってる?」
想定外の言葉に、キャンディは思わずむせた。
「ケホっ、ちょっとやめてよ、私がいつそんな言葉を使ってるのよ、失礼ね、まったく!!」
ハッとなったキャンディは咄嗟に口元をおさえた。
「俺も君の癖、たくさん知っているみたいだな」
クックと含み笑いをするテリィに、キャンディはベーと舌を出した。
「日記は誰かに話すために書くものじゃないわっ!教えてあげないっ」
「・・・君が教えないなら、俺も十八番教えない。交渉決裂だな」

しばらく、根競べをするかのように二人は口をつぐんでいたが、先に沈黙を破ったのはテリィだった。
「――ソネットじゃないけど、君に一つ確認してもらいたい事があるんだ」
顎を高々と上げているところを見ると、きっとろくな確認ではないだろうとキャンディは思った。

案の定、予感は的中した。
「初恋の人、アルバートさんだろ?」
「!!ど、どうしてっ―!?いつ、、!?」
「君から前に貰った二つのヒントでね。本宅でアルバートさんと話している内に気が付いた。まぁ、六歳の君と十七歳のアルバートさんなんて嫉妬の対象にもならないけどね」
テリィの寛容な態度に、キャンディはホッと胸をなでおろす。
「・・なんだ・・。それならもっと早く言えばよかった」
「初恋の人なのに、再会した時ときめかなかったのか?それともその時はもうアンソニーに夢中だった?」
「それがね、再会した時はもはや別人だったの。髪の色は濃くなって髭も伸び放題。夜でもサングラスをかけて服もボロボロ。海賊と見間違えて、あまりの怖さに気絶しちゃったくらいよ」
「へえ、それは見たかったな」
クスクスと笑うテリィを見て、キャンディはますます気を緩めた。
「ギャップがあり過ぎて、丘の上の王子様だって全然気付かないわ。そうなると、アルバートさんはアルバートさんにしか見えなくて―」
プッと思い出し笑いをしたキャンディは、その瞬間(・・しまった!)とパーに開いた手で口を押えた。
「――丘の上の・・王子様?・・何だよ、そのキラキラのネーミング・・」
テリィの怪訝そうな顔。
「え・・とだから、、ポニーの丘で会ったから・・名無しさんって呼ぶのも―」
キャンディが気まずそうに説明するそばから、テリィの顔がみるみる陰っていく。
「・・王子は俺だろ?そもそも俺は本物の王子だぜ?ハムレットなんだからっ」
本物の王子であるはずもないが、メラメラと燃え上がった対抗心がテリィの冷静さを奪っていく。
「今でもそう呼んでいるのか?」
「ま、まさか!大昔心の中でそう呼んでいただけよっ・・、声に出したことなんか、、ないわ」
キャンディは滝のような汗を流しながら必死に説明する。
本当はからかってアルバートさんをそう呼んだことが何度かあった。・・でも金輪際やめよう。
キャンディの説明を信じたかどうかは分からないが、テリィは不機嫌そうにそっぽを向いて、窓の外に目線を移してしまった。
列車がゴトゴトと揺れる音がやけに大きく感じる。
(あ~、私ってどうしてこう無神経なのかしら、・・でも、悪いことをしたわけじゃないわ。あの時の私には、王子様の存在は大きかったもの)
もやもやする気持ちをぶつける様にキャンディは言った。
「なによ、やきもち焼きっ、テリィのそういうところ、嫌いだわ!」
「別に嫉妬しているわけじゃない。・・六歳の君が丘で泣いていたところで、俺とはまだ出会ってもいないんだ。俺は遥か海の向こう・・。慰めに行くことなんか到底できない。俺はいつもそうだ・・―」
テリィがぶっきらぼうに言った時、キャンディは一瞬頭が真っ白になった。
自分が慰めたかった、とでも言いたいのだろうか。六歳じゃなくても、したことなんかないくせに。
普段は器用でスマートなのに、時折見せる愚直で不器用な一面が、なんとも心をくすぐられる。
「・・私、テリィと出会ってからは、テリィのことしか考えてなかったわ」
「はいはい、何とでも。口ではいくらでも言えるさ」
リップサービスは結構、とばかりに否定する。
「本当よ、証拠があるわ」
(・・証拠?)
そんなものあるわけないと思って無視していると、
「日記の最初のページは、テリィと出会ったことが書いてあるのよ?まだ名前も、同じ学院の生徒だってことも知らなかったのに」
・・それはもう知っている、とテリィは思ったが、本人から直接聞くと、同じ内容でも胸の真ん中にストンと入ってくる。
「ニページ目は学院の礼拝堂で再会したこと、その後も学院生活の目新しい出来事に混じって、大して会いもしないテリィの事がちょくちょく。・・最初はテリィの失礼な言動に腹を立てているような内容が多かったわ」
「要は悪口か?」
「出会った瞬間から『大好き!』なんてことにはならないわよ」
「一目惚れしたって良かったんだぜ?相手は俺だぜ?」
「あら、一目惚れなんて信用できないんじゃなかったの?」
「・・君がそうじゃないって言うからさ。相変わらず男心が分からないんだね、君は」
「一目惚れした人を失った後だったのよ?そんなにポンポン出来るわけないでしょ」
自信過剰気味のテリィの口は途端に黙った。
「・・だけど、活字は正直だったわ。三カ月後には・・テリィの名前はイニシャルに変わるの」
「イニシャル・・?どうして?」
「・・名前を書くのが、恥ずかしくなったのね、きっと。自覚はなかったけど、もうその頃から―」
テリィの熱い視線を感じたキャンディは、思わず下を向いた。
「・・イニシャルに変わってからは、多種多様な言葉が行進していたわ。戸惑ったり、怒ったり、当時の私がどれほど振り回されていたかがよく分かる。五月祭が終わってからは・・・もうテリィの事しか書いてなかった。そして日記は、たくさんの空白のページを残して、ある日突然終わるの。・・日記の最後の言葉は・・」
キャンディは恥ずかしくなり、そっと耳打ちする。


 ・・・テリュース、あなたが大好き。他の誰よりも・・

届けられたキャンディの言葉に、テリィは思わず感動しそうになった。
学生らしい真っ直ぐな言葉。あの時の自分にも聞かせてやりたいとさえ思う。
テリィは照れくささを隠すように視線をずらした。
「・・アルバートさんから聞かなくて、よかった」
「何よ?それ」
テリィは座席を移動し、眉を寄せるキャンディの隣に座ると、「お返しだよ」と微笑した。
英訳したソネット。キャンディの耳元で十四行の愛の詩が流暢に流れ出す。


聞き終わったキャンディは、くすぐったそうに熱くなった耳元に触れた。
「・・ジョルジュから聞かなくて、よかった・・」


もう一度くちづけを、幾度も幾度も重ねてくちづけを。
あなたのこよなく甘美なくちづけをこのわたしに、
あなたのこよなく熱烈なくちづけをこのわたしに。
燠(おき)よりも熱いくちづけを四つお返し致しましょう。

ああ、何を嘆くのです。この苦しみを宥(なだ)めてあげましょう、
その他に、十もの甘い口づけをも添えて。
こんなにも幸福なくちづけを交わしつつ、
ともに心ゆくまで歓しみを尽しましょう。

こうして、身はひとつながら互いに二つの生(せい)を生き、
ともに自分と愛する者との中に生きゆくわたしたち。
愛しい人よ、赦して、こんな愚かな物思いを、

慎みの裡(うち)に生き、絶え間なく苦しんでいるのがわたし。
わが身からどうかして外界(そと)へでることなしには
心満たされ得ないのです。


                         

7-1  ソネット18番

 

illustration by Romijuri

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ワンポイントアドバイス

 

ロミジュリさんのイラストのタイトルはお寝坊なテリュースです。

 

朝陽の画像は、紫さんのブログから許可を取って掲載しました。

 

ジャスティンが贈ったミトンの手袋について

理由に心当たりがない方はこちらを再度お読みください。

 

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