★★★4-14

劇団の裏口。その夜も多くの観客がお目当ての俳優に花束を渡そうと、出口付近に詰め寄っていた。
その花道を全く関係ない人物が歩かなければならない、このまずさ。
「――あの時、ながながと話し込んでいたわよね。どんな話を?」
「持っている素材と才能が違いすぎると僕が言ったんです。そしたらグレアム先輩は―」
さりげなく会話をしながら通り過ぎるのが常套手段なのだが、呼び止められることもしばしば。
「ねえ、ちょっとそこの君たち、テリュース・グレアムはまだ中にいる?いつ出てくる?」
「帰ったかどうかはわかりませんが、姿は見ませんでした・・・」
「その手には乗らないわよ、まだ中にいるんでしょ!?」
研修生の言うことなど、はなから信じるつもりはないらしい。
少し進んだところで、研修生のオリビアは溜まったものを吐き出すように言った。
「――なら質問しないでよ。失礼よ!ね、クリオ!?」
「・・今日グレアム先輩が監督にこの事について進言していました。裏口のもっと手前に規制線を設けて欲しいと。団員が速やかに劇場から出られないのは問題がある、車に目を付けられて家まで押しかけられたら、たまったもんじゃないって。代役の立場上今まで遠慮していたんでしょう。本契約直後にこの発言ですから」
「今この被害の渦中にいるのは、テリュースさんだけだものね。そもそもこれ、ジャスティンさんの提案だって聞いたわ。ファンの人と直接触れ合いたいからって。まあ、観客あっての劇団だし、それも一考だけど」
「同じことをナイル先輩もおっしゃっていました。でも、グレアム先輩は即座に反論したんです。花束ならカーテンコールでも受け取れる。少なくとも自分は舞台を下りた瞬間から一個人に戻りたい、ファンと直接交流したい奴だけ劇場の表から帰ればいい、って。どこまでもクールですね」
「はあ~、ほんとにジャスティンさんとは真逆ね。・・戻って来たらまさに双璧。楽しみだわ。で、さっきの話の続き、才能と素材が違うとクリオがいじけたのね?テリュースさんは何て?」
「それがもうバッサリ。人が人を演じるのに、何の才能が必要なのかと逆に聞き返されました。素材は違うからいいのだと。舞台の上は人間社会の縮図だから、多様で結構。生まれ持った素材を丸ごと活かせる数少ない職業だと。そもそもいい男ばかりの世界じゃ、誰もいい男にはなれないだろうって」
「・・言い得て妙だけど、美形にしか言えないセリフ。ジャスティンさんも言いそうだわ」
「あ、だけどそんなグレアム先輩でも、苦しんだ時期があったようです。どうしたらもっと演技が上達するかって僕が質問した時に」
「なになに!?」
オリビアは役に立つ話が聞けそうだと、思わず前のめりになる。
「―・・あっ」
クリオは主演俳優の赤い車がいつもの指定席にまだあることに気が付いた。
太い木の直ぐ隣。花形スターは少しでも死角が欲しいようだ。
「・・グレアム先輩、まだいるようですね。さっきの人に嘘を言ってしまいました」
気まずそうに頭を掻いた時、車の後方に女性が寄りかかるように立っているのが見えた。
二人は控えめに確認しながら前をそそくさと通り過ぎる。
「・・・ファンの人・・?」
蚊の鳴くような声でオリビアが囁いた時、
「キャンディ、こんな所でどうしたんだ?」
いつの間にどこから現れたのか、その女性の前に車の持ち主が立っている。
(やばいっ、隠れろ―!!)
クリオとオリビアは何故か咄嗟にそう思い、近くの車の影に慌てて身を隠した。


「・・お疲れさま、・・心配で来ちゃった」
「心配?・・ああ、二日酔いなら今朝のスープのおかげで、この通り」
「違うわ。小瓶が一本空になってた・・。まだ喉が痛い?」
キャンディは心配そうにテリィの喉に手を当てた。
「ああ、そっち?大丈夫、あれを飲んだのは別人。俺は君が飲ませてくれたおかげで無事さ。苦い薬も甘いキャンディと一緒なら感じない。・・君の喉は?今度は俺が “飲ませて” あげようか?」
全部バレてるよ、と言いたげにテリィはキャンディの顎をグイッと持ち上げた。
「・・その時に私も飲んでいるもの。この通り、ここまで走ってくる体力は十分よ」
「そうか、そういうことだよな。・・―え、走ってきたのか?この距離を?」
「会いに行ける距離にテリィがいるんだな、と思ったらいてもたってもいられなくて―、最近太っちゃったし、運動も兼ねて来てみたの。この街は夜が遅すぎるわ」

夜九時を過ぎても、薄っすら明るい空を二人は見上げた。
「たしかにこの時期、町中の人が寝不足になるって話だけど、・・君も昨夜は大して寝てないだろ?疲れているだろうに、こんな時間にこんな所まで――」
太ってなどいない、むしろ痩せた。夫である自分にごまかしなどきくはずがない。 
テリィはキャンディの肩を思わず抱き寄せた。
「・・十五分も待てないほど会いたかった?いくら俺を好きだからって」
からかいまじりの声を遮るように、キャンディは迫る様に言った。
「ジェイから聞いたの。私との事で劇団と何かあったんでしょ?・・隠さないで!私が直接話しをするわ、誰に何を話せばいい?私に出来ることがあるでしょ、だから私―・・!」
キャンディは劇場の正面玄関の方に駆けだそうとした。
「――っ!待てっ、向こうにはまだ大勢の客がっ!」
テリィはキャンディを木の幹に抑え込むように制止させた。
(だからこんな所まで来たのか・・?・・俺のために?)
「でもっ―!」
・・心配しなくていい、もう解決したから―
一刻も早く伝えるべき言葉を前に、テリィの唇はキャンディの唇を待てなかった。
甘い果実のようなキャンディの唇を、味わうように包み込む。
「・・ごまかさないでっ・・、放して―ッ・・ん―」
キスを交わす音だけが暗闇にかすかに響き、出るに出られない研修生二人はその時間が妙に長く感じた。
「・・・・・テリィ・・、もしかして、もう解決したの?」
キャンディはスッと唇を離し、驚いたような目を向けた。
その言葉に逆にテリィの方が驚いた。
「――えっ・・」
キスでそれを感じ取ったというのか――?
テリィは可笑しさがこみ上げてきて、思わず失笑した。
「・・フ・・ハハ!ああ、もう解決した。心配かけてごめんな」
(・・・全く、敵わないな・・)
「本当?私の為に嘘をついてない?」
「父さんが口添えしてくれたんだ。全くどういう風の吹き回しやら」
「・・お父様が?」
「大方、ミスター・ミラーの発言が癪に触っただけだと思うけど。まぁ、結果的には面倒を回避できた。・・・お守りの効果かもな」
「そう、良かったわ」
キャンディが安心したように大きく息をついたので、テリィはおどけるようにキャンディの髪をツンと触り、
「・・これ、今朝は無かった。かわいいな。どうした?」
前髪の赤いピンを指し、珍しく褒めた。
「ジェイがプレゼントしてくれたの。・・かわいいわよね?」
「ジェイが?君を口説くなんて百年早いな。今度忠告しておくか。・・そう言えば昨夜のスコッチも店に置きっぱなしだ。今から取りにいって間に合うかな」
「間に合わないわ!また飲むつもりじゃないでしょうね、いくら明日が休演日でも今夜はお預けよ!」
「え、じゃ、“キャンディ”もお預け?」
キャンディを抱きしめながら、テリィはニヤっと笑う。
「当たり前でしょ!もう、全然反省してないのね」
首の包帯の理由を責めるように、テリィを振り払おうとしたが「ハハっ、もう噛んだりしないから、勘弁してくれよ」と甘えた声で引きとめる。
「知らないっ!」
スタスタと歩き出したキャンディを見て、テリィは慌ててエンジンをかけ、キャンディの横に車をつけた。
「失礼しましたミセス・グレアム、家までお送りします。本人も深く反省しておりますので、どちらか一つでもお許しいただけるとありがたい。明日はせっかくの休演日ですので―」
およそものを頼むような態度とは思えない、車窓に預けたくの字に曲がったふてぶてしい腕。

同情の余地はない、と判断したキャンディは出ている角を引っ込めない。
「心を鬼にして言うわ。ダメよ!完全に治ってからよ」
「こわっ~、まるでシスター・グレーだ」
テリィがおどけるように肩をすくめると、キャンディはコホンと咳払いをし、鼻をつまんで声色を変えた。
「テリュース・G・グランチェスター!今夜は反省室へお入りなさい。明日の夜に、いつもの半分なら許可します」
慈悲深い言葉を掛け、威厳を保つように助手席に乗り込むキャンディに、テリィは思わず吹き出した。
「酒はともかく、どうやってキャンディを半分にするのさ!ハハ・・!」
キャンディは目を点にし、反論に困っていると
「時間?内容?・・それとも、絶頂を味わうのは君だけってこと?」
耳打ちするテリィに、
「テ、テリィは運転に集中して!!」キャンディは真っ赤になって声を荒らげた。
何やら騒がしい様子で、主演俳優が運転する赤いオープンカーは劇場から走り去っていく。


「今の、・・何?・・テリュースさん、あんなに笑ってた」
一部始終見ていたクリオとオリビアはしばし呆然としていた。
「・・僕ならナイフの腹で砕いて、重さが均等になる様に測ります。オリビアは?」
「クリオ・・、あなたまさかキャンディを半分にする方法を言ってる?」
「そうですよ?グレアム先輩、子供っぽいところがあるんですね。あんなにキャンディをねだって」
「クリオってば本当に鈍いわ、あれは恋人に対しての愛称よ。ハニーとかシュガーとか、甘い物に例えるの。そんな事も知らないの!?」
「――あ、そういう意味ですか。・・すみません、僕の卒業した学校、男女交際にはとても厳しくて。じゃあ、今夜キャンディはお預けって―」
クリオはじわじわと顔を赤らめながら、「お、おとな・・ですね」気まずそうに肩をすぼめた。
「あの女性、この前の牧場の娘さんよね?恋人じゃないって話じゃなかったの?テリュースさんとあれだけ対等に話せるなんて、普通じゃないわよ。ニックネームで呼んでたし」
思わずオリビアは確認する。
「・・正確には、『恋人とはちょっと違う』って言ったんです。・・確かにあの女性は単なる恋人じゃない・・みたいですね。ミセス・グレアムって呼んで・・―」
二人はハッとしたように顔を見合わせた後
「トップシークレットだわ!ご本人の口から説明があるまで、絶対口外しちゃだめよ!」

 


4-14 密会現場

 


画像お借りしました

 

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