★★2-9
どこか気が抜けた様子のステラおばさんが、
「・・あなたの気持ち、わかるわキャンディ。恋って苦しいわよね」
とクッキーも喉に通らないといった様子でお茶ばかりすすっている。
その横でアンはクッキーを頬張りながら、いつにも増して騒がしい。
「顔と声だけで食っていけそうな人っ!!超絶なのっ!あんな美形は全米中探してもいないわ!!」
「アンってば、しゃべるか食べるかどちらかにしてちょうだいっ。困った時の救世主は、五割増しで見えるみたいね。ホント、親切な人が通り掛ってくれてよかったわ。マーチン先生も話したんですか?」
待合室の患者たちは、昨日診療所の前で見たという珍しい車と美形の話題で持ちきりだった。
「いや、わしは・・。それよりキャンディ、本宅で誰かと会ったかね?」
余計な事を言ってくれたとキャンディに怒られないかと、先生は肝を冷やしていた。
「アルバートさんに会いましたよ。でも病院でアンとポールに会った時は驚いたわ」
「ホントっ、キャンディが来てくれて心強かったわ!」
「別に激励に行ったわけじゃ―、それよりポールはいつ退院できそうなの?」
いつもと変わらないキャンディの様子に、マーチン先生はホッと胸をなでおろした。
 (破談になっていない・・?あの若者は、本宅へ向かわなかったんだろうか・・?)


出発は夕方だった。
その日の午前中はいつものように診療所の仕事をこなした。
午後になると、隣村の出身だと言う看護婦が町の病院からやってきた。
引継ぎを済ませて帰り支度を終えた時、マーチン先生がキャンディを呼び止めた。
「寝台車ではネグリジェで寝るのかい?もし脱線しても、ちゃんと着替えてから逃げるんじゃぞ」
「もちろんですよ、これ以上誰かにネグリジェねえちゃんとは呼ばれたくありませんから!」
ニカっと笑うキャンディに、先生も伝染したようにニカッと笑った。
その直後急に神妙な面持ちになったマーチン先生が「・・幸せに、キャンディ」と握手を求めてきたのは、いつもの悪ふざけとしか思えない。キャンディは軽く受け流した。
「あら、私はいつも幸せですよ?マーチン先生のおかげで!ふふ、お土産何がいいですか?」

 

 



ポニーの家ではジョルジュが待っていた。アルバートさんからの指示で、駅まで送ってくれるという。
駅までは大した距離ではなかったが、自分の希望同様パンパンに膨れ上がったトランスケースの重量を前にしては、こんなにありがたい事はない。

「あ、そうだわ。まだあれを・・」
最後の荷物を詰めようと自分の部屋に行ったキャンディは、机の中段の引出しからステアの幸せになり器を取り出した。

――手のひらサイズのオルゴール。
ステアの事はまだテリィには伝えていない。今回の旅で直接伝えようと思っている。
ステアを語る上で、幸せになり器は欠かせない。
そしてもう一つ、旅のお供に欠かせない品と言えば、丘の上の王子様のバッジだ。
軽そうなプラチナのチェーンに似つかわしくない、見るからに重そうな銀のバッジ。
重さの分だけご加護も有りそうで、村を離れる時は肌身離さず身に付けている。
キャンディはトランクケースに鍵を掛け、ハムレットの招待券と列車の切符をショルダーバッグに入れた。
「準備万端よ!ジョルジュ、お願いねっ」



玄関わきのスウィート・キャンディは、開花直前とばかりに大きなつぼみを膨らませている。

子供たちと先生たちは、キャンディを見送りに外へ出ていた。
先生たちには粗方の事情は説明してある。
十年ぶりに友人に会うこと。その友人はポニーの家を訪れた事がある男性だということ。
「みんな、先生の言いつけを守るのよ?そうしたら、お土産にお菓子をたくさん買ってくるわね」
キャンディの言葉に、取り囲んでいた子供たちの目が期待に満ちたキラキラの目に変わった。
「キャンディ、これ電車の中で食べろよ。いつもお腹がすいたって言っているだろ?」
レオがズボンのポケットから両手いっぱいのキャンディを取り出した。
「まあ!またお菓子の箱から持ち出したの!?みんなの分が無くなっちゃうでしょ、戻し―」
「違うよ、みんな昨日と今日のおやつを我慢したんだ。こーいうの、“餞別”って言うんだろ・・?」
レオは得意げに鼻の下をかいた。
「・・ありがとう。みんな、誰かの為に我慢が出来るようになったのね。・・いい子ね」
少しずつ成長していく子供たちに、胸が熱くなる。
「キャンディママ、なん回ねたら帰ってくる?」
無邪気な質問が飛んだ。
「えーと、七回かな」
「・・七って、何回?」
小さな女の子がポカンとした顔で考えている。
「七は六の次よ。マリーにはちょっと難しいかな。じゃあ、インディアンの数え歌、今一緒に歌おうか?」
キャンディはマザーグースの歌に合わせ、子供たち一人一人の頭をタッチして回った。
「ワンリトル、ツーリトル、スリーリトル、インディアン!!フォー・・ほら四人目、逃げちゃダメ!」
その様子を見ていたレイン先生は、目頭を抑えながらキャンディに出発を促した。
「・・さあ、もう時間よ。列車に遅れたら大変。ジョルジュさん、後はお願いします」
隣にいたポニー先生も丸い眼鏡を持ち上げ、目頭をハンカチで拭っている。
「―・・キャンディ、曲がり角を曲がったところには何が待っているか分かりません。・・―何があっても、キャンディらしさを忘れずにね・・・。・・無事に着くことを祈っていますよ・・」
いつにも増して心配性のポニー先生。
ああ、この大げさなほど崩れている涙腺は加齢によるものか。
「はい、はい。何があってもへっちゃらですって」
キャンディはクスッと笑うと、「行ってきます先生!留守をお願いしますっ」
敬礼でもするように、ピシッと背筋を伸ばしてウインクした。

 



歩いても行ける距離にある最寄りの駅にはあっという間に到着した。
(この為だけにジョルジュを寄こすなんて、アルバートさんも大げさだわ・・)
ジョルジュに申し訳ない気持ちさえする。
「この後シカゴに戻るの?」
「いえ、旅先のウィリアム様とアーチーボルド様と合流致します」
「あ、そういえばアルバートさん出張中だったわね。今回はどこ?いつ戻る?」
「カナダのケベック州です。今回は二十日程の予定です」
「あら、方向的には私と同じね。一緒に行けばいいのに」
「いえ、私は残務がございますので―」
無人駅の構内まで、ジョルジュは執事らしくトランクを運んでくれた。
二人っきりの構内で電車が来るのを待っていると、黄昏時がそうさせるのか、妙に切ない気持ちになる。
(・・・なんだか泣きそう・・ジョルジュが隣にいてくれて良かった・・・)
自分では気付かなかったが、この数日緊張で気が張りつめていたようだ。
「キャンディスさま、これを―」
ジョルジュがおもむろに、白い包みを差し出した。
「ウィリアム様からです。ニューヨークに着いてから開けて欲しいとの事です」
「アルバートさんから?」
受け取ると、包みはズッシリと結構な重さがあった。
(この感触、本かしら?シェークスピアの戯曲だったりしてね、予習しなさいって?)
お茶目なアルバートさんを想像して、うふっと笑う。
「わかったわ。重いからトランクケースにしまうわね。ニューヨークで開けると大おじさまに伝えて!」
キャンディがトランクの中にしまった直後、列車が構内にゆっくりと侵入してきた。
「行ってくるわ、ジョルジュ。お見送りありがとう!」
そう告げると、キャンディは慌ただしく列車に乗り込んだ。

 


 ©水木杏子・いがらしゆみこ


ジョルジュは遠ざかる列車を見つめながら、何かを感じていた。
「・・Bon voyage ・・・」
ジョルジュの目にもまた光るものがあった。

 

 

 


 2-9 見送り

 

 

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ワンポイントアドバイス

 

ステアが造ったオルゴール・幸せになり器

 

©水木杏子・いがらしゆみこ 画像お借りします

 

志願兵として出兵する直前にキャンディに贈ります。

アニメ版ではキャンディのオープニングテーマが充てられていました。

詳しい解説は「3章の中書き」で。

 

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