★★★ 2-7
『―・・ああ、それから、ばら園に寄って行くといい。この回廊をまっすぐ進み、突き当りを右に曲がれば裏庭に出られる。そこにばら園があるから』
 
別れ際、アルバートからばら園に寄って行くように促された。
断わろうとしたが、ばら園はローズマリーとアンソニーが造り、今はキャンディが折をみて世話をし、今朝も立ち寄ったのだと聞かされ心が動いた。
暗い回廊を進む。

 


 

回廊には歴代アードレー一族と思われる人物の肖像画が規則正しく飾られていた。
よく見ると、名前のプレートの横に没年が記載されている。既に亡くなった人物のようだ。
アードレー家のルーツと関係があるのだろうか。アイリッシュ、スコティッシュ系の衣装が目に付く。
その中に知った人物を見つけたテリュースは、思わず目を疑った。
「――!! ステア!?」
突然の事に愕然とする。
「・・何故・・ステアが・・」
没年から既に十年近く経っている。キャンディと別れた後か。
ステアの体調不良の話など聞いた記憶はない。不慮の事故だろうか―
そう思った時、肖像画の隅に短い言葉が添えられている事に気付く。

 シャンパーニュ会戦 大西洋に散る
「戦死・・?・・・どうして・・軍人でもないステアが―・・、志願したのか・・?」
テリュースは思わずこぶしをギュッと握りしめた。悔しさがこみあげてくる。
(こんなことも知らずに俺はっ・・!)
いつも温かい愛でキャンディを見つめていたステア。


――キャンディは今までつらいことばかりだった。 

ぼくたちは・・キャンディには幸せになってもらいたいんだよ。

初めて聞いたステアの真剣な言葉。
あの言葉に突き動かされ、キャンディの為に退学を決意し、役者になる為海を渡ったのだ。
「・・―なのに俺は、・・かえってキャンディを不幸にした―・・君に合わせる顔がないな・・」
落ちた一滴の涙が、足元の赤い絨毯にジワっと沁みていく。
(・・死ぬなんて早すぎるだろ・・!恋人を残したままで―)
心の中で叫んだ時、ふと先ほどのアルバートの言葉が思い浮かび、テリュースはハッとした。

 

――君たちは生きている。未来がある。まだ何も終わってないよ。

「――そうか、アルバートさんはこのことを・・。俺たちは生きている・・のか」
例え今はキャンディと行くことが叶わなくても、まだ終わりじゃない。
(俺たちには、未来がある―・・!)
テリュースは体の内側から勇気が湧いてくるようだった。
「・・まさか肖像画の君に励まされるとは・・。ありがとう、アリステア」
ステアに一礼し立ち去ろうとした時、ふと隣の肖像画に目が移った。
先ほど見た肖像画のアルバートとよく似た人物。


 アンソニー・ブラウン 


プレートを確認したテリュースは、肖像画の人物に目が釘付けになった。
「・・これが、アンソニー・・」
・・大人になる直前の一瞬の輝きを切り取ったような、みずみずしい笑顔。
確かにアルバートさんに似てはいるが、もっと幼く柔らかい。
「まるで天使だ・・」

 

©水木杏子・いがらしゆみこ 画像お借りしました

 

思わず声が漏れる。
肖像画を通してでさえ、はっきりとわかる。自分とは対称的な雰囲気を持つ少年。
「・・こいつと俺を見間違えるなんて、どうかしてるぜ、キャンディ」
軽く呆れる。
「アンソニーか・・。アルバートさんから全て聞いたよ。君には参った」
語りかけるように言葉を発しながら、テリュースは先刻のアルバートとの最後の会話を思い返した。


『―ばら園があるから。元々はローズマリーとアンソニーが造ったんだ。今はキャンディが折をみて世話をしている。ちょうどスウィート・キャンディの時期だから、今朝も立ち寄ったはずだ。せっかくだから君も見ていくといい』
『・・・スウィート・キャンディ?・・何ですか?』
『あれ?これも秘密?キャンディは君に隠し事が多いな』
『・・・何か後ろめたい物ですか?・・』
『ハハ、そう目くじらを立てるな。淡い桃色のばらだよ。とてもきれいだから直ぐにわかるよ』
『・・・ばらの名前ですか?』
『特別なばらさ。初めて品種改良に成功したアンソニーが、一番にキャンディに贈ったものだ。孤児のキャンディは本当の誕生日が分からなかったから、引け目を感じていたそうだ。だからアンソニーは、ばらを贈った日をキャンディの誕生日に決めたんだよ。それが五月七日、今のキャンディの誕生日なんだ』


その話を聞いたとき、完敗だとテリュースは思った。
「俺よりキザな奴がいたとは、驚いたぜ・・」
テリュースは肖像画にゆっくりと一礼すると、再び回廊の先へ歩を進めた。

 

 

 


 

甘い香りに誘われるように裏庭にでると、一面ばら園が広がっていた。
ばらの季節はこれからが本番だったが、つぼみが膨らみ、早咲きのばらが咲き始めている。
「アルバートさんが話していた『スウィート・キャンディ』はどれだろう・・」
辺りを見回すと、妖精が頬を染めたような淡いピンクの一画を直ぐに見つけた。

「・・あそこか?」
キャンディが撒いた水なのか、つぼみがぬれてキラキラと光っている。
開いた一輪のばらが目に留まった。
淡い桃色が少女の頬の様にやわらかく愛らしく、幾重もの花びらが織り成す美しさに、思わず心が奪われる。
「スウィート・キャンディ・・か。まさにピッタリのネーミングだ」
しばらくの間、テリュースは魅せられるようにそのばらを見つめていた。
ばらを通して、アンソニーのキャンディに対する純粋な愛が見えるようだ。


 ―・・頼んだよ テリュース・・・

一瞬、どこかから聞こえた様な気がした。
ばらの香りのように甘く、水のように透き通った声―
ハッと辺りを見回した時、爽やかな風がスッ―と通りぬけていった。
「・・アンソニー?」

テリュースは感じた。
「・・確かにバトン、受け取ったよ」
テリュースの顔は五月の空のように晴れやかだった。   

     
     

 2-7  スウィート・キャンディ

 

 

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ワンポイントアドバイス

 

スウィートキャンディの色について

漫画では真ん中が薄っすら緑の白いばら、小説版では淡いピンクです。

この二次小説は、小説>漫画>アニメの優先順位でエピソードを展開しています。

 

5月7日のキャンディの誕生日について

アンソニーがバラを贈った日が誕生日、というのは当小説の設定です。

マンガではそれが5月7日かどうかは定かではありません。

また、ファイナルでは誕生日云々、、という文章はありません汗

 

「俺よりキザな奴がいたとは、驚いたぜ・・」

「11年目のSONNET」は、このセリフを入力したところから始まりました。

ゆえに「一番古い文字」となります。

何故入力してしまったのか・・よく分かりません。真顔

 

 

 

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