体感器を背負った面白いヤツラ~パチンコ・攻略プロ達の青春回顧録 -7ページ目

体感器を背負った面白いヤツラ~パチンコ・攻略プロ達の青春回顧録

1990年代バブル経済末期、世間の流れとは関係の無い処で暗躍していたネタプロ(攻略プロ)達のアップダウンな日常風景

車に着くと2人の内、格上と思しき方が『中へどうぞ』的なカンジでドアを開けてくれた。

(意外と丁寧な奴なんだな

僕は(多分ヨシローもだろうけど)、ホッとした。

なにせ、こういう場合は最悪、イキナリ後ろから車に蹴り込まれてそのまま連中の巣にさらわれてもおかしくないのだから。


後部座席に僕とヨシロー、前に2人と云う形で『話し合い』が始まった。

『アンタら、見かけん顔だけど何処の人?』”格上”が尋ねた。

この質問から推して、彼らは地元のプロには違いないのだろうけど、多分スジ絡みでは無さそうだ。

もしヒモ付きなら、もう少し強気で来るだろうし、例え1日とはいえ黙って打たせたりはしない。

何より相対(アイタイ)してみて判った。

(彼らは我々よりは”下”だ)


僕やヨシローだって大した場数を踏んでたわけじゃあなかったが、彼らから感じる”空気”は明らかに彼らが我々よりも格下であることを教えた。

ヨシローもそれに気付いたのだろう、最初の緊張感なんて何処へやらでリラックスしているのが手に取るようにわかった。


『人にモノ尋ねるんやったら、先ず自分らの事から云わなアカンのンとちゃいますか!?』

何処で覚えたのか”さんま”のような関西弁。

少しだけ語気を強めて云い、ヨシローはタバコを1本取り出して口にくわえる。そこへすかさず僕がライターの火を持って行く。

いつものパターンだ。

バカバカしいと思われるかもしれないが、こんな小芝居1ツ入れるだけで相手は勝手にヨシローの事を『偉い人・怖い人』だと思ってくれるのだ。


『・・・ああ、すみません・・・僕ら地元の者で・・・』

ヨシローはタバコの煙を大袈裟に吐き出すと、ややドスを効かせて尋ねた。

『オタクら本職!?

『い、いえ、僕ら・・・学生なんで・・・本職って云う訳じゃあ・・・』

フラグ成立。

やはり小遣い稼ぎのアンちゃん達だったのだ、しかもカタギもカタギ、大学生さんじゃあないか!!


『オイコラ!!ナメとるんか、オマエら!?』云うが早いか後ろから座席を蹴り上げた。

『ワシら関西から先乗りで来とるモンなんでえ!!おお!?それにイチャモンつける云うんかい、オイコラ』

ココでいう”関西からの先乗り”と云うのは当時有名だった某武闘派攻略軍団を意識させる為のセリフであるのは云うまでもない。

よくもまあ、こんな出任せがペラペラ出るもんだ。

こういう関西弁を使った”カマシアゲ”はヨシローの十八番(オハコ)なのだ。


ルームミラー越しにも前の2人の顔がこわばって行くのが判る。

『・・・あ、あの、知らなかったんで・・・すみま』

ドスッ、もう一回蹴りを入れて続けた。

『すみませんで済んだら警察要らんのんじゃい!!オイコラ、オマエら関西敵に回す云うんかえ、おお!?』

後にも先にも、この吉本新喜劇の様なセリフを実際に聞いたのはこの時だけだった。

笑う者は1人もいない。車中はピーンと張りつめた空気で一杯だった。

(もちろん、僕は心の中でクスクス笑っていたけれど・・・)


何も云えなくて黙っている2人を観て、(頃合いかな)と判断した僕は仕上げの口上を挟んだ。

『マアマア、兄さん(ヨシローのことです)、2人とも未だ学生さんだっていうし、なにもそこまで云わなくても・・・。』

僕は前の方に身を乗り出し2人に優しく云った。

『そっちも悪気があったんじゃあないよね。ウチの兄さんは気は荒いけど話は判ってくれる人だからサ。ね、チャンと詫び入れたら、もうそれでイイから。』

2人は黙って頷くとヨシローの方に向かって頭を下げた。






しばらくして車に来たヨシローが口を開くなり云った。

『ムーンライトだろ!?』


何だ知ってたのか・・・。

僕が拍子抜けしているのもお構いなしに続けた『アイツらは、俺が入った時にはもういたんだよ。ただアレマンじゃなく最初っからライトだったけどな。』

タクミも彼らには気付いてはいるんだが、向うの出方次第という事で、何か云ってくるまでは知らん顔でいようっていうことらしい。


『それにしても、なんでアレマン打たねえのかねえ・・・?』

ヨシローが不思議そうな顔で云った。

確かに、そこは僕もひっかかってた所だ。

ひょっとしたら・・・『ひょっとしたら、あの2人組、アレマンで抜けないんじゃあないのかなあ・・・?』僕がそう云うと、ヨシローは笑いながら返した『そんなマヌケな連中ならイイんだがな(笑)』


結局、向うの出方を観て対処する、という事になりヨシローを残して(一緒に店に戻るのはマズイから)、僕が先に店に戻り、天国モードに入れてあった台で当りを盗りだした。


そのまま夕方まで何事も無くシゴトは進み、3人合わせて20万は超えていたので僕らは上がろう、という事になったんだが、その後に事が起こった。


我々が換金を済ませ車へ戻ろうとした時、例の2人が現れたのだ。

『あの、ちょっとアンタらに話があるんだけど・・・』

やや遠慮がちにそう云うと、駐車場の隅に来いという。

ヨシローと僕はコッソリ財布をタクミに渡し彼らについて行った。

財布を渡したのは、万が一に備えての事で、タクミは(我々の)車で待っていて、何かあったらスグに逃げれるようエンジンをかけて様子を見ている算段なのだ。


どうなるんだろう?

もしかすると、この地方のスジが絡んでるかもしれない・・・そしたら厄介だなあ・・・。

そんな事を考えながら僕とヨシローは2人の後について、H店駐車場の奥に停まっている彼らの車までついて行った。












初日は朝の10時を少し回った頃にH店に入った(開店は9時30分)。


最初にヨシローが、次いで20分後にタクミが、最後にこれまた20分後に僕が入って行った。

時間をズラしたのは云うまでもないが、仲間だとは悟られない為の偽装。

(因みに云えば、ヨシローは作業着の土方のアンちゃん、タクミはスーツ姿の営業マン、僕はGパンにシャツの大学生、といった格好をしていた。)


僕が入った時には既にヨシローが連チャンの最中で、タクミも当りの位置を掴んでいるらしくモード変換の為に2コ1打になっていた(この時期にはどこの店も厳しくなっており完全単発では危険だと思ったので我々は2コ・1コの繰り返しで打っていた)。

僕はヨシローの後ろを通る際にコッソリ当りをコピーし(電源が横一であることはヨシローからのサインで確認済み)、ヨシローの2台横の席に座った。


アレマンの客付きは3割と云ったところだろうか、山の中の店で平日の午前中と云えばこんなモノだろう。

多過ぎず、少な過ぎずで攻略には丁度良い客数だ。

打ってる連中も(多分農家が多い土地なのだろう)農作業の合間に遊びに来たといった風情のジイサン、バアサンが主だった。


”楽勝だな”そう思いながら僕はキカイを鳴らし打ち始めた。

30分も経った頃だろうか、僕の台が天国モードに上がった。

その時点でヨシローの連チャンはまだ続行中であり、タクミも少し前から連チャン取りに入っていたので、このまま自分までもがやらかすのもどうかと思い、(多分ヨシローがそろそろ飛ばすだろうことを考えて)席を立って休憩を入れる事にした。


店内をブラブラ歩いていると、一瞬足が止まりそうになった

というのも、そのH店にはムーンライト(エスケープの兄弟機のネタ台)があったんだが、島中央近くの台の球筋が、『単発打』だったからだ。

ムーンライトに単発打とくれば同業者しかありえないのだが、それは取りも直さず『黄色信号』の緊急事態を意味する。


なぜなら、他所からアレマンを打ちに来ている我々は、地元のプロからすれば、自分達の縄張りを荒しに来た追い出すべき対象であるし、又、彼らが我々と同じく他所からの旅人(タビニン)だとしても、それはそれで(アレマンの台の割り当てをめぐって)問題なのだ。


一瞬止まりそうになった足を寸でのところで前に運び、何もなかった、見なかったという顔で島を移動しながら観察したらもう1人いやがった。(ただ、向うもコチラが気付いたことは、盤面のガラス越しに察知しただろうけど・・・)


どちらも我々と同じく20歳代のアンちゃん達で、見た目は地元の学生っぽい感じだった。

(地元のプロかな?しかし、どうしてアレマンではなくムーンライトを打ってるんだろう??)

こういう場合、相手の出方次第なんだが、ひょっとしたら『即、撤退』もありうる。

相手が地元のプロならモチロン、同じ旅人でも状況次第ではコチラが退かなくてはいけない場合もある。

特に相手がスジをバックに持っているのなら、下手に揉めるわけにはいかない。

そんな事をアレコレ考えながら、僕はアレマンの島に入り、連チャンの終わっていたヨシローの後ろを通る際に『ハナシガアル、クルマヘ』の合図を送って、店を出た。















アレマンの旅打ちで1番苦労したことは設置店探しだった。

今の様にネットで調べたりできなかった時代は、一部のプロ集団に属している連中でも無ければ(彼らは全国的な情報網で設置店から何からを把握している)、自分たちで探していく他なかったのだ。


サテ、それじゃ店探しにあたって最初にする事って何だと思いますか?



答・・・『現地の電話ボックスで電話帳からパチンコ屋のページを破く』です。

破くって云っても、それはそのページだけをちぎって切り離すって事ですよ。

後はそこに載ってる住所を頼りに地図を見ながら一軒一軒しらみつぶしに見て歩くわけ。


地域によっては『親戚付き合い』のある同業者がいて案内してくれたりすることもあるんだけど、出来れば自分たちで探した方が何かといいわけで・・・(理由は考えてみてください)。

僕らはなるべく自分達で探し歩いた。


昔、電話ボックスの下に置いてある電話帳が、パチンコ屋の箇所だけちぎられてたりしたのを見たことがあるかもしれないけど、それはこういう事情があったのです。


アレマンの旅で最初に行ったのが中国地方の山の中だった。

出来ればある程度の都会で複数の店を廻していきたかったんだが、やはり末期だけに、眼につく店(例えば街中や国道沿いの店)は片っ端から死んでいた。

そんな中で捜し歩くこと2日目にしてヤットコ見つけたのが、山の中にあるH店だった。

場所的に見て、誰もココまでは探さなかったのだろう。

プロの入った形跡が全く無かったわけじゃあないけれど、店の空気がかなり緩かった(警戒が無い)のを憶えてる。


辿り着いたのが2日目の夕方で、僕、ヨシロー、タクミの3人共に疲れていたので、その日はザット店の空気を見て終わり、とりあえず宿をとることにした。

(ああ、言い忘れてたけど今回のアレマンの旅には地元の同業者・タクミ(仮名)も相乗りしている)


宿はH店から車で20分ほど離れた古い民宿旅館で、一泊二食付の¥9000とやや高めだったが、土地に不案内な我々なので仕方がない。

出て来た食事も、焼き魚に刺身が数切れ付いた程度のモノだったが、不思議と旅先では何でも美味しく感じたな。

中庭みたいなところのある自称”温泉”てのも良かった。

解放感って云うのかな。3人共修学旅行の高校生、イヤ中学生の気分になったよ。


夜は3人でババ抜きやったり、白黒(オセロ)やったり、お互いのオンナの失敗談とかパチンコ自慢とか・・・ホント童心に戻って楽しかったな。

パチンコの旅懸けの良さの一つが、こういった事だ。

人間ある程度の年になればナカナカ腹を割って話すことなんかなくなるけど、こういう旅懸けって云う特別な状態、いわばエトランゼ状態が日常の鎖を解いてくれる。


パチプロ―その中でも特殊な形態であるネタプロをやる奴なんて、皆どこかに後ろ暗いモノを持っていて、普段の付き合いではカタギのサラリーマンよりも儀礼的なのかも知れない。

仲間の様でいて仲間でない、信頼しているようでいて信頼していない、一緒の様でいて一緒ではない・・・。

なんとも巧くは云えないけれど、それが彼らの関係であり、又流儀なのだ。


そんな彼らがフト素顔を見せるのが、この旅打ちなんだろう。

ヨシローや僕はもちろん、いつもは寡黙なタクミでさえ、お互いの心の壁を取っ払って無邪気になれた。

確か、夜中の3時位まで起きて騒いでたんじゃあなかったろうか?

次の日は、いよいよ旅打ち初日だというのに・・・。


この晩は、3人共次の日に起こるであろう事なんて(当たり前だが)全く判っていなかった。








続けて読んでくれていた方には申し訳ないです。

実は、この1ツ前に順番のオカシナ話が入ってしまってるんですね(旅打ちから帰った後の話・・・野球拳編)。

まだブログの扱いが不慣れなものでウッカリ『公開』してしまったんです。

どうやれば『非公開』に戻せるのか?下手にいじって削除してしまってはもったいないと思ったので、そのままにしてありますので、どうぞ飛ばしてくださいな。


では、今日の本編、始めます。


サテ、前回は地元の店をアラカタ喰い散らかしたので、さあ旅打ち!という所まで行ったと思う。

そのまえに、『喰い散らかしたから、旅打ち』について少々補足しておくと、僕やヨシローは別に地元の店で『出禁』になったというわけじゃあない。

その一歩手前か、半歩手前ぐらいの状態になっただけの事で、まだ打とうと思えば打てた。だが、一般に地元のネタプロ達はそこまではしない。

というのも、ネタのたんびに出禁を喰らってたんじゃあ地元で稼げなくなってしまうからだ。

だから、そのチョット手前で引いて『冷やす』ってことをする。

(冷やす・・・ホトボリが冷めるまで冷却期間をおくこと)


じゃあ、その間お休みですか?っていえば当然そんなはずも無く、地元じゃセーブしていたリミッターを外して、出禁覚悟で行くのが旅打ちってことになる。

出来れば旅先でも、イヤ、不案内な旅先だからこそトラブルことなく『隠れ打ち』でやり過ごしたいのだけれど、ナカナカそうは問屋がなんとやらで、旅打ちってのは、ほぼ必ず出禁やらなんやらのトラブルがついてまわった。


なぜなら、1ツのネタが終わっていくプロセスと云うのは、全国どこも似たり寄ったりで、コチラが地元を食い荒らかして、そろそろ旅懸けを考える頃にはアチラも同じような状態になっているもので、まあ日本全国『末期状態』なわけですよ。


という事は、当然アマイ店なんてどこも無く、それどころか警戒心で店の空気がピリピリ音を立てている。

そんな処へノコノコ見知らない人間が入って行って、店がサンザン抜かれまくってる台(コノ場合はアレマン)に座り、ドル箱を積み上げた日には・・・。

早ければ1時間、遅くとも半日もすれば店側から何らかのマークが入り、場合によったら『即退場!』もありうる。


そこをどう切り抜けるかは其々のやり方によるだろうけど、一般的には店との『話し合い』だろう。

脅したり賺したり、場合によってはバックのスジ関係に頼むこともあろう(コノ場合はモチロン相応の礼金が発生する)。

この『話し合い』の上手い下手で旅打ちの稼ぎが決まる。

僕とヨシローは(上手いか下手かは判らないが)、『その日だけ打たしてくれたら大人しく引くから・・・』的な条件で大体の店は打てたと思う。


もちろん、取りつく島も無く叩きだされた店もあったけど、概ねスムーズに事が運べたように思う。

多分これは、当時春一番で全国を廻っていた某攻略集団の影響では無いかと思われる。(彼らの折衝も1日だけ打たせてくれたら~的な内容だったと聞くから、コレがこの業界の1つのスタンダードになっていたのかも知れない)


サテ、能書きが長くなってしまい申し訳ないんですが、今回はここまで・・・。

次回は、旅打ちの実際を話す予定で御座います。