体感器を背負った面白いヤツラ~パチンコ・攻略プロ達の青春回顧録 -4ページ目

体感器を背負った面白いヤツラ~パチンコ・攻略プロ達の青春回顧録

1990年代バブル経済末期、世間の流れとは関係の無い処で暗躍していたネタプロ(攻略プロ)達のアップダウンな日常風景

赤髪のアタリに触発されたのか、他の面子もチラホラとアタリを引き出し、開店から1時間も経つ頃にはほぼ全員が連チャンモードのお祭り状態になっていた。


”ほぼ” と言ったからには未だアタリを引けていない奴が居たワケだが・・・それが何を隠そう私だった。


いくらパワフルとは言っても、朝一であれば初当りは約190分の1のサービスモードになっている(通常は360分の1)


1時間も打てばマア当るハズなのだが・・・


間の悪い時と言うのはあるもので、その日の私がまさにそうだった。


午前中3時間、全くウンともスンとも言わないのだから・・・


パワフルは時間2万は喰うので、その日の私は昼ごろには約6万の赤を背負っていた。


これが連チャンを採りそこなったとかならマダ納得も行くが(実際はそれはそれで納得いかないだろうが・・・)、そもそも初当りが来ないのだから仕方がない。


私は気分転換にと思って席を立ち、店裏の駐車場で一服することにした。


時刻は午後の1時を少し回ったところだった。


『よっ、大将』


後ろから声がしたので振り向くと、ヒゲだった。


『エンジンがナカナカかからんみたいやね』


奴はそう言いながら、缶コーヒーを差し出して続けた。


『今丁度飛ばしてしもた(注)ところやし、良かったら札(休憩札)入れて腹ごしらえでもどないや?』


(注・・・飛ばす→連チャンモードから通常モードへ転落してしまうこと)


呉越同舟とばかりに意識していたヒゲから誘われて少し戸惑ったが、他のグループの人間と話をするのも良い機会だと思い、私はヒゲと一緒に近所の喫茶店へと向かった。
















開店の音楽が流れ出すと同時に、一斉に店中で玉を弾く音が鳴りだした。


地方都市の、そのまた田舎町にある小さなパチンコ屋の一角で、7人の攻略プロ達のシノギが始まった。


ヨシロー、タクミ、私、そしてヒゲ、客人の2人に地元のプロ


各々が心の中で考えていたハズだ。


”他の奴には負けない” と。


同じグループとは言っても、パチプロという人種は皆、多かれ少なかれ一匹狼。


特に攻略の腕に関しては ”自分が1番”、そういう気構えというかプライドの様なモノを何より大切にする人種なのだ。


私は特にヒゲを意識していた。


初対面で1本とられた借りをココで返しておきたかった。


”この2週間、部屋にこもって散々トレーニングしたんだ。今のオレならタクミとだって張れる。ヒゲの野郎だけには絶対負けるもんか!”


そんな気合を込めて玉を弾いていたら、台枠上部のランプがフラッシュした。


(注・・・同じシマの台が当たると、同じ列の台についているランプが景気づけにフラッシュする仕組み)


7名の中で最初にアタリを引いたのは意外にも客人の1人 ”赤髪” だった。


(注・・・客人2人の内、髪を赤く染めてした方を ”赤髪” 、もう一方のインコみたいなメッシュを入れていた方を ”メッシュ” と呼んでいた)


権利消化の最中に流れるパワフル特有の金属音を聴いて、私は改めて今自分がシノギの現場にいることを感じた。


おそらく他の者たちも同じだったに違いない。


赤髪の引いたアタリが我々にとって実質的なスタートとなったのだ。


時間にして3分ほど経ったろうか、赤髪の権利消化は終わり、金属音が止んだ。


さあ、これからが本番なのだ。


はたして巧く連チャンはとれたのだろうか?


当の赤髪はもちろん、残りの6人全員も彼の台に気を集中していた。


店内にはBGMやら玉を弾く音が一杯だったが、我々にだけは聴こえてなかった。


まるで時が止まっているかの様な静けさの中で、皆が赤髪の台に注目していた。


と、消化後1分も経たない内に、全員の台枠上部のランプにフラッシュが走った。


成功したのだ。


その瞬間、我々の時間も再び動き出し、ほどなくして再び金属音がシマに響き渡った。













とある地方都市、とだけ言っておく。


田舎街のパチンコ屋に開店から台に張り付いている男達。


ヨシロー、タクミ、そして私の3人に加え、ヒゲと ”客人” の2人、空席だった1人は地元の同業者が入る事で全7席が埋まった。


もちろん沢井も同行しているが、彼はシマ端にあるソファに座ってのんびりホットコーヒーを飲んでいる。


彼は我々のケツ持ちであると同時にお目付け役なのだ(ズルをしない様に見張っているという意味)


朝、ホテルで朝食をとっていた時に沢井から朗報が入った。


なんでも、店(パワフル設置店)のケツ持ちの知り合いとかいう地元のプロを入れる事で、ショバ代を少し負けさせたらしい。


当初50万だった場代が、30万になったというから楽になったものだ。


6人で30万、1人あたりの責任料は5万。


ということは、最低でも15万は抜かないと話にならない。


出来れば20万で、場代の5を引いて残が15と持って行きたいところだ。


それなら沢井に5づつ合計3人で15万の ”仲介料” を払っても日当10だ。


(沢井はそのような事は何も言わなかったのだが、この世界の”常識” として何らかのモノが要るであろうことは3人とも認識していた)


ツーバイ(2倍ランプ)なら難しいが、ガッツン(デジタル下のイルミネイション)なら20だって狙える・・・


席に座ってスタートの音楽が流れるのを待ちながら、そんなことを考えていると、営業開始を表すF1のテーマ曲 が一斉に流れ出した。











ヨシロー、タクミ、そして私の3人に加えて沢井側からも3人、計6人で即席のチームが出来上がった(後の1席は空席のままだった)


沢井側からの3人の内、1人は沢井軍団のメンバー 、そして後の2人は沢井と親戚付き合いのあるグループからの客人だった。


沢井の計らいで我々6人は顔合わせの飲み会に集う事になったのだが、その席にはヒゲが来ていた。


何となくそうではないかとは思っていたが、やはり ”1人だけいる腕のある奴” というのはヒゲの事だったのだ。


が、それにも増して驚いたというか、拍子抜けしたのは、客人の2人だった。


マダあどけなさが残る顔立ちの子供じゃあないか!?


歳は2人共16歳だという。


いくらパチプロが年齢学歴一切不問とはいっても若すぎやしないか?


我々のそんな心配を見透かしたように沢井が言う。


『この2人は年は若いが、腕は確かや。安心してエエで。なんせ関西では5本の指に入るパワフル・プロやからなあ、ガハハ!』


沢井がそう言うのなら大丈夫なのだろうし、又そうでなかったとしても仕方がない。


『ま、とりあえずは乾杯といこか』


そう言ってヒゲに目配せをすると、ヒゲが立ち上がって我々全員のグラスにビールを注いで回った。


『ほんだら、今から此処におるメンバーはパワフル攻略の仲間や、あんじょう(注1)いこや! ほな、乾杯や!』


沢井の音頭に促されるままに我々全員は互いに盃をならし、パワフル攻略のドリームチームがスタートしたのだった。




(注1)・・・”あんじょう” とは、関西弁で ”うまく・上手に・首尾良く” と言う意味。







タクミから受け取った缶ビールでゴクリと喉を鳴らすとヨシローは、いつになく真面目な顔で言った


『確かにアノ沢井が相手じゃ、オレ達なんて赤子同然だろう。ひょっとしたらいいカモにされるだけかもしれねえ・・・だがよ、逆に言やあチャンスでもあるんじゃねーか?』


『チャンス?』 私とタクミは怪訝な顔をしながら言った


『おうよ、関西の沢井ほどの大物と一緒にシゴトが出来るなんて滅多な事じゃねえだろう!?』


ベッドに寝そべっていた半身を起こしてヨシローは続けた


『なあ、タクミ、キョウスケ・・・オレ達は何の為にこんなことやってるんだ? ただカネを儲ける為だけか? ちがうだろう!? カネだけっていうんなら大人しく勤め人でもやってた方がよっぽど手堅い。そうじゃあない、オレ達は面白おかしい、刺激のある人生がやりたくってパチプロをやってるんだろう!?』


刺激のある人生・・・確かにそうだ


安全第一のブロイラーの様な生き方をするぐらいなら、わざわざパチプロなどやっている意味が無い


ヨシローはそう言いたいのだ


『・・・分かった。この橋が一体どんな橋なのかはわからんが、とりあえずは渡ってみるか。なあ、キョウスケ』


『オッケー、安全牌ばかりじゃあ、面白くないもんな。イッチョ渡ってみるか』 


いつになく真剣な物言いをするヨシローに、タクミも私も感じ入るものがあったんだと思う


場合によっては大きなツケを背負込むことになるやも知れない橋ではあったが、その時はその時で成る様になれといった調子で私たち3人は沢井と手を組む事にしたのだった