ナク *理* | 恣意的なblog.

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僕は歩く。

妄想blog.-snow

僕はいい大人達に守られていたんだ。全ていい方向に機敏に対処をしてくれて。それに比べて僕は子供だ。幼い子供だ。
結果的に全てを失うことになろうとも心の深遠に根付き、僅かずつ侵食と増殖を繰返す闇を抱えるのは願い下げだった。
大人達はこんな僕を優しく笑うのだろう。


オガワは集中治療室に入っていた。バイクで転倒した際、ガードレールに強く頭を打ちつけたようで、事故当時から意識が戻っていなかった。担当医から命に別状はないとの説明を受け安堵したものの、多少の記憶障害が残る可能性は否定できず、それが事故の時だけの記憶なのか広範囲にまで及ぶかは意識を取り戻してみないとわからない状況だった。オガワまで巻き込んでしまったことを後悔し、早く目を覚ましてくれることを強く願った。

僕のほうはヘルメットもかぶらずバイクで転倒したというのに、奇跡的に大きなケガを負うことはなかった。体のいたるところにある醜く腫れた青あざは全て打撲と診断され、骨折をしているところはなかった。ただ、医者から原因のわからぬ体中の傷を不審がられ、警察から事情聴取を受けるはめになってしまったが、全てを隠しバイクの事故であることを必死に主張した。

事故で転倒したという揺るがない事実があり、警察もそれほど暇ではなかったのだろう、土曜の夜ということで例のグループとの関連性を疑っているようだったが、それ以上深くは詮索されなかった。そのグループと揉み合っていた事実は口が裂けても言えなかったし、状況が拗れてしまった今となっては、いくら警察が介入してくれたってなんの助けにもならないことは僕にもわかっていたんだ。

オガワの両親は自分の子供のことより僕の体の具合を真っ先に心配してくれた。このような事態を招いたことを心から詫びたかった。オガワの性格は当たり前のように両親から受け継がれているものであり、オガワの普段表には出さない優しさこそが本物の温かみであるように感じ、僕もいつかはそれを手に入れたいと思った。


数日入院をして自宅に帰った後、オガワの意識が戻った連絡を受け急いで病院に駆けつけた。オガワは「若い看護婦さん数人が見ているところで、あそこに管を入れられたんだぜ」と冗談が言えるまで回復していた。冗談だと思ったら、本当の話しだった。

「お前の意識はなかったんだから、どうでもいいだろ?」
「うむ、まあな、どうせだったら意識があったほうが楽しかったかもしれん」想像しニヤニヤしながら考え込むオガワ。

外傷もそれほど大したことはなかったし、退院の目処がすぐに立ちそうなぐらい食欲も旺盛だった。恐れていた記憶障害も全くなかったと言えるだろう。あの夜の出来事で負った今でも腫れのひいていない僕の顔をすぐに笑い話にしたのだから。

「病院のベットで目を覚ました時、両隣のベットが空いていたからびっくりしてさ」
「ああ、俺が先に旅立ってしまったとでも思った?」

「そうそう、隣のベットにいた友達は?って看護婦さんに恐る恐る聞いちゃったよ」最後に見たのが僕の殴られたひどい顔だったから、印象が最後まで強く残っていたのかもしれない。オガワの記憶を留める何かの手助けになっていたとしたら本望だった。


「なあ、たくはこれからどうするん?」
「県外で一人暮らしをしている友達のところにでも身を潜めるよ」県境にある学校の特徴のせいか、県外で暮らしている友達が多かった。

「学校には通うつもりなんだろ?学校からの抜け道を探しておかないとな」考えていることは一緒で、オガワもやつらの待ち伏せを一番に心配しているようだった。「単位は足りているし、後はそんなに通う必要もないだろうから、なんとかやり過ごしてみるよ」現実はそんなに甘くないことを二人とも知っていたが、お互い言葉にするのを避けていた。

またどこかで必ず熾烈な報復が待っているだろう。やつらのプライドは蛇のようにくねくねとし、そして想像している以上にしつこいはずだった。覚悟はしていた。ただ、それがどの程度のものになるのかが心配だった。これから忙しくなるというのに、また病院のお世話になるのはとても面倒で、一年を棒に振ってしまう可能性すらあった。

「逃げることを幇助した存在はわかっていても、人物まで特定されていないはずだからオガワは安心していいと思うよ」断定はできなかったが、それぐらい裏でユウジになんとかしてもらおう、そう考えていた。「そうだな」今にも雪が降り出しそうな窓の外の景色を眺めていたオガワはゆっくりと答え、その姿は少しだけ寂し気に見えた。湿っぽい話しは終わりにしたかったので、明日また来るからと言い残して席を立った。


これでやっとナクに会いに行ける。ナクが会いたくないと言えば、いつまでも待つつもりだった。その選択をする権利は彼女にある。だけどそんなことなんてどうでもよかった。顔を見て抱き締め、ナクの体温を感じ、匂いを嗅ぎ、笑う時に舌を出して両肩を上げながらおどける仕草が見たかった。そしてどんな形であれ、ナクが立ち直るまでの過程を最後まで見届けるつもりだった。

僕はナクと共に、この広い世界にとどまることに決めたんだ。どこまで先に進めるかはわからない。お互いすぐに違う道を歩み始めるのかもしれない。それでも僕はナクが言った、生きる理由を必死に捜し求めることに決めた。諦めきれない言葉たちが渦巻く辛い過去もいつかは忘れられるだろう。時のまやかしに戸惑いながらも痛みは過去のものになる。この世界から隔離され切り取られてしまった僕たちだけど、望めばきっとできるはずだ。


病院の玄関を抜けて、子供達が遊ぶ騒がしい中庭に出た。ベビーカーに乗せられた子供と目が合い、穏やかにはにかむ笑顔はどこかで見たことがある懐かしい表情だった。母親の怪訝そうな視線を避けるように、どんよりとした空を見上げたとたん雲の隙間から一筋の光が射し、頭の一部がずきんと痛み出した。そして全てが示し合わされ均衡に保たれた空間から零れてしまったように、雪がはらはらと舞い降りてきた。

僕はブルブルと一つ身震いをしパーカーのフードをかぶり、病院を振り返った。少し顔色の悪そうなオガワが病室から手を振っていた。僕は手を振り返しながら、バスから身を乗り出し笑っているオガワの姿を思い出していた。舞い散る雪は急に強くなり、視界が白くぼんやりとし、突如確かなものをこの手に掴みたい衝動にかられた。

そうだ、これから会いに行こう。
もう迷いはなかった。

ナクがいる病院の方向を見定め
雪でぬかるんだ道を気にすることもなく

僕は我慢できずに走り出した。





そして、時は流れる。