春のもやもや
春は、もやもやする季節かもしれない。暖かくなって、眠っていた何かを呼び覚ます。今日もやもやしたことがあって。さらに、そこから、過去の記憶引っ張りだしたりして、私が悪かったかもしれない、といやーな気持ちになった。大事に思えない人を、大事なフリをし続けられない。それが今回の嫌な気持ちの原因。平等に接することができればいいのに。そうしたら楽だろうな。おんなじように、愛さなくては、いけない気がしてたから。大事な人を大事にするより、大事でない人を大事にするほうが、ずっと疲れる。集中力も必要だし、埋める分だけエネルギーも必要。本当には、思ってないことだから。本心に従って、生きるほうが、めちゃくちゃ難しく見えるけど難しさはともかく、実は、ものすごーく省エネなんじゃないか。ほんとに思ってるから、自然と行動になる。我慢しなければ。それがいい、悪いではないし、時と場合によるんだけど、省エネは、魅力的疲れきっているもの。私がしたいと思ってるのは、私を大事にしたいってこと。私を大事にすることに繋がるなら、他人や物を大事にすることも、必死でやりたい。大事に見せかけることではなくて。「大事じゃない」は本当はなくて、私のなかで大事には、それぞれに、いろんな大きさ、色、質感があるのかもしれない。それに見合ったことを自分の気の済むまで、我慢せずにできたら、気持ちいいだろうなそれを目指していきたい。私の中は、順位は確実にあって、不平等な世界だけど、それは、とても不安定で、時と場合と気分でコロコロ変わってしまう。まるで、春の天気みたいだーそれを敏感にキャッチして、息をぴったり合わせてみたい。