ところが、出場するときは気を付ける必要があります。
東側(JR西日本エリア)からICカードを使って下関駅に行ったときは、右側の改札を使う必要があります。
それに対して、西側(JR九州エリア)から下関駅に行ったときは、左側の改札を使う必要があります。
そのことに対する説明書きはこちら。
おまけに、下関駅をまたいでのICカードの利用ができないというのは面倒です。
その説明書きはこちら。
例えば、新下関駅から小倉駅まで在来線で行く場合、ICカードのタッチで乗り降りができないので、切符を買う必要が出てきます。
JR西日本とJR九州で分かれていることで面倒なのはこれだけではありません。
新下関~博多間は、在来線だけを使うか新幹線を使うかで乗車券の料金も変わってきます。
これは、新幹線を使う場合は新下関~博多間は全てJR西日本の運賃で計算されるのに対して、在来線だけで行く場合、下関~博多間はJR九州の運賃が適用されるからです。
(これは、JR東日本、JR東海、JR西日本の本州三社とJR北海道、JR四国、JR九州の三島会社で運賃体系が違うからなんです。
新大阪~米原間や熱海~東京間では、在来線と新幹線のどちらを使っても普通乗車券の料金は変わりません。)
ということで、新山口~下関~小倉~博多の区間内のJRを使う場合、いろいろ注意しなければいけないことがあります。
ともあれ、境界線上では面倒なことがいろいろ起きるなと改めて実感しました。
私が彦島に住んでいたのは、幼稚園の年長から小学校1年の1学期までと短かったですが、小学校に入る前後を過ごしたということで、懐かしさが残るところです。
まずは、私が住んでいた南側をドライブしました。
彦島南部出身の有名人と言えばこちら。
ロンドンブーツ1号2号の田村淳氏。
私と同い年の上、出た幼稚園と入った小学校は一緒なんです。
お互い存在は覚えていないんですがね。
思い出の場所を信号停止中に一枚。
こちらは、三菱重工の下関造船所から社宅に行くときの道で、ここからちょっとした上り坂になっています。
実は、この道は「爆買い☆スター恩返し」で田村淳氏の回の時にこの道は映っています。
そして、彦島南端の田の首から見た九州。
関門海峡は一番狭いところは1キロないので、結構はっきり見えるんですよね。
次は、彦島北部の話に行きましょう。
彦島北部出身の有名人と言えばこちら。
元読売ジャイアンツの宮本和知氏です。
こちらのスポットとして21世紀に入ってできたのはこちら。
地元では、彦島のことを「ヒコットランド」と呼ばれることがあります。
ちょっとからかい気味の言葉なんですが、それを逆手にとって命名したものです。
海の様子はこちら。
夏が本格的に始まっていないのに結構暑いので、子供に海水浴させていた家族もいました。
そしてこちらは南風泊(はえどまり)市場。
ここでフグのセリが行われます。
最後の写真は老の山公園。
季節柄、つつじが美しく咲いています。
本当はもっといっぱい写真を撮りたかったのですが、車を運転していたので撮れなかった写真もあります。
ともあれ、こうやって彦島を回ったのは30年以上ぶりで、懐かしさもひとしおでした。

















