羽生善治十九世名人と下関の因縁 | 気まぐれ社労士の徒然日記

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2015年11月に社労士試験に合格。2016年5月より、社労士登録、8月に開業登録。自分の興味の赴くままに日記を書いています。

(注:今回、無冠の羽生氏の敬称は、永世名人位で記載します。

永世名人は原則として引退後にしか名乗れませんが、まだ今後の呼び方が決まっていない様子なので、今回は便宜的にこの称号を使います。)

 

羽生善治竜王に広瀬章人八段が挑んだ竜王戦、4勝3敗で広瀬八段が勝ち、新竜王誕生となりました。

そして、羽生竜王は失冠し、27年ぶりの無冠となりました。

こちらが投了図の局面。

 

(投了図は▲2一銀まで)

 

投了図以下は、△2一同玉 ▲3二飛成 △同玉 ▲5二龍 △4二桂 ▲同龍 △同玉 ▲4三金 △5一玉 ▲4二金打までの詰みなので、投了もやむをえません。

第6局に続き、第7局も広瀬八段が羽生竜王の玉を即詰みに打ち取って勝利となりました。

ファイナルまでの対局で、熱い竜王戦でした。

 

こちらは感想戦の様子です。

 

 

それにしても、今回の対局場である山口県下関市の春帆楼は因縁の場所とも言えます。

羽生十九世名人が1996年に七冠のタイトルを総なめにしたのも、現在の下関市。

(当時は、合併前で豊浦郡豊北町でした)

そして、タイトルをすべて失ったのも下関市ということで、全部取ったところと全部失ったところが同じという因縁です。

 

さらに、春帆楼は日清戦争の講和条約である下関条約が結ばれた地でもあります。

 

 

こちらは、講和条約の会場ともなり、今では日清講和記念館になっています。

 

 

戦いのけりを付けた場所でもあるということで、竜王戦最終局の場所としてもふさわしく、なおかつ、新しい時代の始まりとしてはふさわしい場所になったのではないかと思います。

 

あと、羽生十九世名人の今後の敬称ですが、前竜王は本人が辞退する可能性が高いですし、九段は周りが呼べないと思います。

そうなると、永世の称号のうち、「名誉王座」は60歳になれば現役中でも名乗れるので、タイトルのない間は前倒しで「名誉王座」になる可能性が高いように感じます。