昨日ニュースを聞いた時には、ついにこの日が来たかという感じがしました。
ここ数年は闘病生活で、それほど表にも出ず、どうなっているんだろうかと気になっていた矢先の訃報でした。
30年以上前に西宮球場で阪急ブレーブスの試合を見て以来、上さんのファンでした。
昨日ニュースを聞いてから、いろんなことが思い浮かびました。
1984年の日本シリーズ、1勝3敗から3勝3敗にまで持ち込むも、最後に敗れてしまった、とか、
1989年は仰木氏率いる近鉄バファローズに僅差で敗れた、とか、
1990年にオリックスがニックネームをブレーブスからブルーウェーブに変えるのと同時に監督を辞任、とか、
1995年に日本ハムファイターズの監督として現場に復帰した時、田中幸雄選手のサヨナラホームランで初勝利をした試合を生で見て喜んでいた、とか、
1996年にオリックス・ブルーウェーブがリーグ2連覇を果たした時、それを目の前で見ていたのは、上さん率いるファイターズだった、とか、
1998年の前半は独走するも、後半大失速し、東尾修監督率いる西武ライオンズに逆転を喫してしまった、とか、
1999年にファイターズの監督を退任するとき、最終戦の千葉ロッテマリーンズ戦では、相手のマリーンズファンが「う~え~だ」コールが響いていたこと、とか、
今まで封印していたことが次々と蘇りました。
これで、自分にとって一つの区切りになったような気もしました。
それにしても、今回の逝去については、日本ハム球団が発表、そして、ファイターズは、昨日、今日と喪章をつけるなど、完全に日本ハムファイターズの人間として扱われている雰囲気でした。
ともあれ、上田氏の逝去については、心からご冥福をお祈りいたします。

