「冷ます」言葉の大切さ | 気まぐれ社労士の徒然日記

気まぐれ社労士の徒然日記

2015年11月に社労士試験に合格。2016年5月より、社労士登録、8月に開業登録。自分の興味の赴くままに日記を書いています。

注:今回の話は、特に学問的見地から書いたものではなく、自分及び周りの体験を基に思ったところを書いています。

このトピックに対して、学問的見地からの意見をお持ちであれば、ぜひコメントに書いていただけるとありがたいです。

 

最近は、電通の社員が過労により鬱になり、自殺したことに対して労災が認められたということで、話題になっています。

 

メンタルヘルスは、決して他人事とは言えないご時世になってきていますが、こういう人達に対して、どう接するか、周囲も難しいのではないかと思います。

 

最近一つ感じたのが、心を「冷ます」言葉が大切ではないかと感じるようになりました。

例えば、鬱を例にとっても、心が冷えてどうしようもなくなっている状態ではなく、オーバーヒートしてどうしようもなくなっている状態なんですよね。

これは、燃え尽き症候群で鬱になったりもしますし。

 

じゃあ、オーバーヒートした状態のものを落ち着かせるにはどうすればよいかと言えば、物でも心でも、冷却させる(=冷ます)のが大切だと思っています。

 

ただ、心をうまくウールダウンさせる言葉って、なかなか難しいと感じています。

「頑張れ」は、まさに心の温度を上げる言葉です。(だから、鬱状態の人に言ってはいけない言葉だと認識しています。)

また、冷ます言葉と冷やす言葉って、全くの別ものなんですよね。

後者は、適度に温かくなければならない心の温度を下げる言葉で、冷ますとは意味合いも違います。

冷ます言葉って、心配している気持ちを伝えつつ、なおかつその言葉に対して負担を感じさせないようにする言葉ではないかという気がしています。

 

誰かの心を温める言葉と冷ます言葉、状況によってうまく使い分けるようになれればとも思っています。