浮き沈みはいつものこととして、少なくともこの数年、年初に浮いていた記憶がない。今年も水面下からのスタートである。たまたまそうなるのか、この時期特有の現象なのかはわからない。いくら厚着をしても体のどこかに隙間風を感じてしまうようなこの数日は、なすべきことがないわけではないが、どうしても腰を上げるだけの気分的な血糖値に達しない。自分に対しても他人に対しても共感という感情の発露に見放されたような気持ちに襲われ、間欠的な痛みをやり過ごすときと同様、ただ丸まって通り過ぎるのを待つしかできないのだ。このような瞬間がいつかは終わることはまあ、経験的にわかっていることではある。しかし、だからと言って通り過ぎた後の未来に対して何の感情も持てないことが、結局、すべての憂鬱の根源である。
原因はわかっているはずだ。いや、本当にわかっているのだろうか?
隙間風を吹かせたままで、そのなかにいくらかでも温かいものが混じるのを期待するような、あるいはむしろ嫌悪するような中途半端な気分のままでまた新しい年を始めることになった。