”ようこそ我が家へ”。
右も左も判らない子供に
色々と話しかけながら、
自分を見つめ直す。
子供を育てるということは、
自分が子供だった時を思い出すこと。
育児マニュアルは読むつもりはない。
自分が嫌だと思うことは、
子供も嫌だろう。
シンプルに、そして無心で向き合うのみ。
2014年11月に子供を亡くし、地獄の苦しみの毎日を余儀なくされた。
この苦しみは自分の生涯の中で癒えることは無く、
そして生涯背負ってゆく十字架である。
子供の死は自分に沢山の教訓と”生きる”ということについて教えてくれた。
そして甘えや当たり前、という感覚を思考から断絶させた。
世の中で私と同じような経験をされている方々が沢山居る事を私は知っている。
これまでにそのような地獄の苦しみを味わっている方々にも沢山出会ったし、
そして色々とお話をさせてもらった。
どのケースも同じ事は一つも無く、それぞれに地獄の苦しみなのである。
それまで独学で勉強してきた間接医療である音楽療法についても真剣に向き合い、
自分が創る音楽で少しでも地獄の苦しみでもがいている人々の心の清涼に
役に立てればと思い、様々なケーススタディをしたり、また実際に病院で親御さんの話を
聞かせてもらって、その中での自分なりの旋律を考えてみたりと、子供の死を体験するまで
知りえなかった世界を自分の目の前に突き付けられて、自分の甘さや情けなさを
思い切り知らされることとなった。
”自分の奏でている音楽は軟弱だ”と。
あの日から時が嫌でも経ち、
そして今日子供が生まれた。
苦しみのさなかで奇跡が起こり、そして苦しい毎日ではあったが、
今日子供の泣き声を聞き、目の前が涙で何も見えなくなった。
そして亡き子供が私に色々語りかけていた。
”泣いている場合じゃないぞ、がんばれっ!オヤジ”と。
この数年で音楽の真の意義が理解できるようになった。
そして本当に苦しんでいる人に自分の音楽を届けたいと願っている。
私の目の前で泣いている子供に、
生きたくても生きることが出来なかった娘の事をゆっくりと話してあげたい。
そして亡くなった私の娘がキミを連れてきてくれたこと。
その娘の想いを自分が音にして聴かせてあげたいと。
キミへ、
この苦しい世界に生まれてきてくれたけど、
大きな心で人々の気持ちを受け入れてあげられるような人になって欲しい。
苦しい人の気持ちを察して、寄り添ってあげられる人になってくれれば、
それだけでいい。
私からはそれだけだ。
オレのところに来てくれて本当にありがとう。
これからどうぞよろしく。
忙しくしている毎日の中で
資格試験を受けたことすら忘れてしまっていたりして、
昨日ふと、そういえばと思ってしばらく開けていなかった郵便受けに行って
大量に届いている郵便物を調べていたところ合格通知が紛れ込んでいた。
このバタバタしている中での合格通知は一服の清涼剤だった。
お茶を飲みながら改めて今後の勉強の仕方を考えてみた。
社会人になってからの勉強は学生時代とは異なり色々と制約があったりする。
時間も思うように取れず、そして時間が取れたとしても頭がついてゆかない(笑)。
何度も同じ本を読みこんでもさっぱり記憶できなかったり。。。
それでも、より伝えたい音楽を創る為にも改めて勉強をしてゆきたいと思う。
昨昼から深夜にかけてスタジオの大改造をおこなった。
予定していたモニターを取り付けるスタンドが海外から届いておらず、
完成は2~3か月先になってしまうことになりそうだが、
概ねの大改造が終了した。
大量の機材とお別れすることになり、
そして膨大な量のケーブル類ともお別れすることになった。
スタジオを作ってから大きく4回の改造を重ねてきた。
最初の頃は持前の機材類をフル稼働させ、また機材を足していった。
それからPCを中心としたシステムに変動してゆくことになるのだけれど、
PCが変わる度にシステム改変が続き、そして機材も足されていった。
東日本大震災後に大きく機材の入れ替えをした。
今回までは機材の足し算をしてきたのだが、
大きく考え方を変更したことにより今回のような断捨離改造に至った。
最大のメリットはスペースの確保が出来た事、そして機材の大幅な整理をしたことで
より自分が表現してゆきたい事がかなり明確になった。
もはや後戻りは出来ないくらい整理してしまったが、
心の整理がついたのでとても満足している。
あともう少しで大改造は終了する。
終了した際には写真でも撮って公開しても良いかな?と思っている。