平成29年12月23日参拝
この辺りには古墳時代後期に築造されたとみられる古墳群が十数基現存しています。
それらの塚上に祀られていた神々が大正初年に楡山神社へ遷座して末社に登録されています。
木の本古墳群 第3号墳(氏神山)
平安時代の幡羅太郎(忍城主の成田氏につながる家系?)という武将が原郷地域を再興したと伝えられていますが詳細は不明です。
中世に播羅ノ郡(はらのごほり)の漢字を改め原郷という地名になったようです。
この地方一帯に楡(ニレ)の木が繁っていたのが社名の由来です。
楡は割れにくいので彫刻の材料に用いられる事が多く、
楡山神社の社殿彫刻や扁額にも楡材が使用されています。
御祭神は伊邪那美命です。
古くは熊野三社大権現と称されました。
吽形が破損しているので違うタイプの狛犬に見えますけど対の拝殿狛犬です。
|ω・) 豪華な彫刻!!
明治43〜平成11年まで拝殿の屋根に乗っていた鬼瓦が境内に保存されています ◡̈⃝
シンプルにぷっくりした巴と小さな猪目、
楡山の文字が目を引きます。
家内安全・竃神・農耕神・火神など、
いろんな民俗文化の影響で割とオールマイティに頼もしい荒神さん。
戦争中は戦場の守護神として崇められていたとか。
主祭神は火産霊命・奥津比古命・奥津比売命の竃三柱神、
配祀神に御穂須々美命・天津児屋根命・斎主命・武甕槌命・比売命。
こちらは仙元山古墳とその隣の天神山古墳に祀られていた富士浅間神社と天神社が合祀され、
大正初年に天満天神社として遷座。
手長神社・天満天神社
深谷にがめんとさん(亀塔)があるとは驚き。
幕末に勧請された妙見星神で、
大正初年に妙見山古墳から遷座してきました。
仏教色が強いから八意思兼命と知々父彦命を充てたのでしょうね。
すごいのはこの大物主神社ね。
境内社の金刀比羅神社と怡母神社を合祀したものです。
大物主神社
(境内社は他にもありましたが割愛)
ご隠居さんなのか境内社なのか不明な石祠ってよくあるけどこちらでは全て現役!楡山神社の御朱印です。
すごく好きなお墨書きです (๑・̑◡・̑๑)
* こちらに向かって飛んでくる八咫烏のハンコ!
他の神社でも柚子をいただきまして、
この日は車の中に爽やかな香りが充満♡
ありがたく神棚にお供えしました〜
◆楡山神社埼玉県深谷市原郷336
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深谷市で見かけたマンホール。
図案は旧深谷市の花ツバキと名産のレンガ。
深谷市の煉瓦製造会社が作ったレンガは東京駅駅舎に使われています。