ハニーちゃんがゆく!

ハニーちゃんがゆく!

サッカー見たり、旅したり。

ブログ内容に関係ないコメントは消去させていただきます。メッセージがあればTwitterのDMまでお願いします。
令和元年7月23日
休み山だった鷹山さんが今年は唐櫃巡行という形で仮復帰なさいました!
令和4年の完全復活を目指し頑張ってる保存会の皆さまを応援したい ‎٩( ・̀ω・́ )و 
そんなわけで授与品の話からまずは御朱印。


山鉾の御朱印は色違いも喜んで押す〜。
時間経って見つけたので谷で押せなかったけど細かい事は気にしない。

翁さび 人なとがめそ狩衣 けふばかりとぞ 鶴も鳴くなる

今年は祇園祭御創始1050年記念ということで特別な御朱印紙(志納料800円)が頒布されました。
枚数限定と聞いてたけど宵山でも残ってました ε-(´∀`*)ホッ 

かつての鷹山と御神体の絵入り


他の会所で「鷹山さんは授与品のセンスがいいよね」と話題でした。
インスタ風フォトフレームを置いてキラキラした人にアピールしてたり。

キラキラしてませんがお借りしました‥w


おみくじ人形は粽だけいただく予定が実物の可愛さにやられ全て連れ帰ったよ😗
他に風鈴とか欲しいものあったけど、
まだ時間が早かったため一旦正気に戻る事ができましたw



御神体は中納言在原行平が第58代光孝天皇の御幸で鷹狩りをする場面ということです。
見切れてますが左側の豪華な幕は見送り!
鷹匠・樽負・犬飼

わたし達は揃って掛け軸にコーフンw
この掛け軸が仮復帰に重要なものだと後になって知るのでした。


ついにホントの宵山にやってきました。
提灯に灯りが入ってるだけじゃなく様々な催しが行われているのです。



鷹山さんとこはフェス状態になってて特に盛り上がってました。



すごい人だかりでチラ見するのがやっと!
音は聞こえるのでよしとしよ‥( ´ω`)



こんな楽しい夜散歩はないわ〜。
北観音山の見物してたら鷹山のお囃子がキター。
これは日和神楽といって翌日の晴天を祈り御旅所まで行く(通行人の会話より)そうです

* 音量注意 1分の動画


たまたま見かけた大船鉾の日和神楽は動きが早くて追うの無理だったw



そして翌日の巡行。

鷹山さんきたよー(・∀・)


山の代わりに唐櫃を担いで巡行復帰(仮)おめでとうございます\(^o^)/
唐櫃の中には会所で見た素盞嗚尊の掛け軸が収められています。


近くにいたちいさな女の子ちゃんのパパがお囃子隊の中にいらっしゃるそうで、
可愛い声援が飛んでいましたよ。


友達がずっとその子としゃべってたけど、
普段から山の復活を目指す人たちをよく観察しているようで、
幼いのに祇園祭に対する意識の高さに驚いた!
(女に生まれたのが悔しいご様子でした)
この子の人生はずっとこの祭に関わっていくんだと思ったら尊く見えてきちゃったよね。
祇園祭の未来をよろしくお願いします、という気持ち。

令和元年7月23日
朝イチの新幹線で京都にキター。
待ちに待った京都たびは祇園祭の後祭、
宵山からの3日間てことでかなりやる事多くて忙しい旅になっております ヘ(゚▽゚ヘ)


この回では一番に向かった役行者山👺の事だけ書く。


役行者山の御神体は神変大菩薩一言主神葛城神です。
修験道の祖という役行者の尊称が神変大菩薩、
あとの二神は同一神だと思ってたのですが、
能楽の「葛城」で役行者が葛城から大峰まで橋を架けたという話の中で葛城神は女神と解釈されるようです🤔



会所で御神体にお詣りしたら懸装品の見物させていただきまーす Ꙭ


巡行は規制で道路に入れないから近くで山を見るのはなかなか難しい。
こうして会所で並べて見せてもらえるのはとても親切だなーと思いました。


ところでここで奉納した護摩木ってどこで焚き上げるのかしら?
友達はバッチリ知っていました!
聖護院門跡から山伏さんが来て山鉾の前で護摩焚きするんだってぇ ⸜(๑⃙⃘'8'๑⃙⃘)⸝ ヒィー
今回はそれを見にきたと言ってもいいw


「諸縁吉祥」最近はこればかりよ。
わたし自身多くは望みませんから関わりのあるみなさんの幸せを願っていますよ。


御朱印はこの時いただき、
またあとで見学に来るつもりでした。
この判断が 大 正 解 でした。
* 護摩焚きの時間は会所に入れません!



保存会の方々が山の仕度で慌ただしい。
「これ飾るわ〜」


正面の飾り付けを蔵から持ち出すことに!
オォ。カッコイイですよ〜。


そのころ道端では井桁に薪をくべてお焚き上げの準備が進んでいました。



どさくさ紛れに開始時間などをうかがって、
再びまちに繰り出したわたし達でした。


散策してご飯食べて数時間後‥♪( ´▽`)
檜葉がふさふさに積まれて護摩壇が完成していました!


でも‥見物場所がない!
テントの下は関係者席だし、
立ち見エリアはすでに人がいっぱい。



どーしたらよいものかと山の後ろでベンチに座っていると山伏行列が入ってきました!!!
動画が近すぎてごめんなさいよ〜。



すごい‥(இдஇ; )
もうこれだけで感動してたんだけどw


護摩壇に火が放たれたようですごい煙。
ミ( ゚д゚) 居ても立っても居られないわたしたちは通行人として歩きながら見物する事にww


「立ち止まらないで下さ〜い」
保存会の警備さんが声を張っていますがご安心ください。
後ろからじゃかじゃか人が来るから止まれるわけありません (´;ω;`)ブワッ


護摩壇を見守る山伏さんたち (*゚▽゚*)わわ〜


そしてまた通行人として今度は山の方へ‥ww
(何往復してるのww)


何度も行き来してるうち檜葉に火が行き渡りだんだん煙がすごい事になってきたー‥!!


あの〜三 (lll´Д`)
結構な煙で空気が薄いような気がして、
儀式はまだ続くのでしょうがここでおいとましました。ゴホゴホ。


そして翌朝晴れ
昨日のもくもくがウソのように澄み切った空気が漂う役行者山。


朝から山伏さんも集まっております〜。



「ねぇねぇ、電線があるけど大丈夫なのかしら?」と友達。
その時‥、


まさかこんな仕掛けがあるとはネ!



松の木を倒し勇ましく出発する役行者山でした ヘ(゚▽゚ヘ)


いってらっしゃいませ〜 \(^o^)/



巡行を前に烏丸御池の交差点で待機!
暑いけどみんな気合いだよ〜 ٩( "ω" )و  



役行者山ご一行さまキター。



先ほど倒されていた松の木はピンと立っております。



写真に撮ると遠いな〜。



何度か宵山(昼間ですが)に来てるけど儀式や巡行まで見たのは初めて (๑´▽`๑)
友達のおかげでかなり勉強になりました!

そんなわけでしばらく京都のお話です。
令和元年8月13日参拝
お墓参りその後のその後 (๑´▽`๑)ノ
お盆の埼玉ってのが微妙でさ、
これ以上遠出しちゃうと帰りの渋滞がダルいので下道ウロついてたら鷲宮に来た。


老朽化が原因で一年前に倒壊してしまった一の鳥居が気になっていたの。
(まだ再建されてなかった)
旧鳥居を知ってるだけにこのすっきりした光景はかなり衝撃的なのです〻〻


こーんな大きな鳥居が倒れるなんて!
ケガ人が出なかったのは幸いでした🙁



明治29年(1896)鷲宮で近衛師団の演習をご覧になった明治天皇が休憩に立ち寄ったのが鷲宮神社でした。
記念碑は御親拝の合間に馬を繋いだ場所。

明治天皇御乗馬繋留処

参道入口の下馬札に天皇が従い玉歩あそばしたこの参道は清い。
その日は一体どんな一日だったろう?と妄想してしまいました (^ω^)


文政12年(1829)建立の銅製灯篭に風鐸がぶら下がってる (*゚▽゚*) 
涼みながら眺めていたけどやわらかにそよぐ風ではビクともしませんでしたw


基礎の部分にニワトリ🐓のレリーフがあるのは鷲宮神社が大酉元祖と云われる所以です。
埼玉県の酉の市は12月に各神社日にち固定で開催されますが鷲宮神社だけは12月の初酉に行われます。


御祭神は天穂日命(あめのほひのみこと)・武夷鳥命(たけひなとりのみこと)・大己貴命
あと近隣からの合祀神が9柱です。
建御名方神・伊邪那美神・大山祇神・宇迦之御魂神・大山咋神・天照皇大神・迦具土神・素戔嗚尊・菅原道真公



創建は神代の頃と伝えられています。
お供を連れて出雲から来た天穂日命と御子神の武夷鳥命が大己貴命をお祀りし、
のちに一族の始祖である天穂日命が追祀されました。
葦原中国を見てきてと言われてそのまま高天原には戻らなかった天穂日命、
何してるかと思ったら武蔵国にいた (๑´▽`๑)ノ


時代下って東征の帰路に立ち寄った日本武尊が新たに武夷鳥命をお祀りしたと伝えられています🤔
🦢大鳥大明神が鷲大明神🦅を祀るとゆーね☆



拝殿の向かいには神楽殿。
土師一流催馬楽神楽は国の重要無形民俗文化財に指定されており、
宮内庁からのリクエストで平成19年の川越行幸啓で上皇上皇后両陛下とスウェーデン国王王妃両陛下の御前で上演なさったそうです!


左側は神崎神社と称し大己貴命をお祀りしているお宮で右が鷲宮神社という二殿形式の本殿。


本殿を囲むように多くの末社が置かれてます。
もちろんご当地系の久伊豆神社も◡̈


鷲宮神社の御朱印です。
朔日になると月次祭の御朱印として枚数限定の書置きが頒布されてるようです。
普段の御朱印のが最高にカッコいいので限定は全く興味なし〜。


光天之池は綱が張られ鳥居より先は禁足地となっています。
案内板によると、
古くから龍神伝説があったが長らく荒廃していたのを平成11年に整備したそうです。



のぞいてみたら何この神々しさ!



鷲宮神社は〝らき☆すた〟に登場する神社のモデルになってるということで急にある時から有名になりましたが、
民俗学・古代史が好きな方に強くオススメしたい神社なのです。


◆鷲宮神社
埼玉県久喜市鷲宮1-6-1

ーーーーーー✂︎ーーーーーー

・どーでもいいはなし
鷲宮って〝わしみや〟と読むのですが、
わしみやという人もいるのですよ。
高校の友達にH美ちゃんという鷲宮から来てる子がいたのね、
おうちの最寄り駅は東鷲宮(ひがしわしみや)駅で地元はわしみやとハッキリ言ってるのを何度も聞いたw
使い分け方がよく分からないけど何か地元民には通ずる定義があるのかしら。
鷲宮町が久喜市に吸収合併されてからそんな違和感ある会話が減ってるかもしれないわね。
神社はわしみや神社で合ってます🙄

令和元年8月13日参拝
盆の入りは実家のお墓参りしまして、
どっか行くべぇと大宮栗橋線を下りぷらぷらしてたら県境を越えた辺りで長谷観音の看板を発見した Ꙭ
〝日本三大観音〟のキャッチコピーに誘われてのお参りです。


|ω・)  車がたくさん停まってる。
お盆だからお忙しいかしら?とおそるおそるお訪ねしたところ、
お昼明けでタイミングよく落ち着いた時間帯のようでした。
その一方で境内には翌週の四百八千日大祭の準備に追われる業者さんが作業中でした。
飾り付け見たかったわあ!

長谷寺は真言宗豊山派の寺院で本尊は十一面観世音菩薩です。
初瀬長谷寺・鎌倉長谷寺の大観音と同じ楠で作られたと伝わる背丈6尺8寸1分(2mあまり)の観音像が安置されています。
全体的にふっくらしたそのお姿に観音さまの計り知れない愛を感じましたw



明応年間(1492-1501
古河公方の足利成氏が古河城の鬼門除けとして寺を建立し鎌倉長谷寺より運んだ観音像を安置して以来、
歴代古河城主の祈願所となり崇敬されてきたそうです〜。


200円納めて護摩を奉納しました♪( ´▽`)
初めての参拝に「これも何かのご縁でしょ」と言ってくださった住職の言葉が嬉しくて諸縁吉祥と書かせていただきました。


聞けばこちらは坂東三十三観音霊場の番外札所という事で、
御朱印は坂東の差し替えにいただきました。
番外の御朱印って結願してなくてもいただいていいものかしら(そんな考えから長野ではもらってなかった)🙄


しまった、
この龍はこて絵なのかを聞き忘れた。
本堂の山号額の脇にあります。


お盆の時期は旧古河城周辺にすごい数の行燈が並ぶそうです。
興味あるけど日の入りからのイベントだとヨソの人間はなかなか行けませんな ( ´ω`)ノ


■明観山 観音院 長谷寺(古河長谷観音)
茨城県古河市長谷町5-1

令和元年9月1日参拝
7月下旬に往復ハガキを投函してから神棚に毎日お願いする日々でした (*゚▽゚*)
なんてったってうちの神棚には総社宮の神社大麻が入ってるからトランシーバーで神さまに連絡してるようなもんだわ〜☆
てなわけで当選ハガキが届きました!
わーーーーーーーい\(^o^)/

引き換えは9月1〜10日だけど張り切って初日に行っちゃったよねw
中には当選ハガキ持ってるってのに社務所開く前から並んでた人もいたらしいから、
参拝当日のTwitter見てみんな手塚プロ愛スゴイな〜とニヤニヤしてました。


御祭神は伊耶那岐命,邇邇芸命,須佐之男命,大国主命,大宮比賣命,古瑠大神です。
第45代聖武天皇の勅命で天神地祇の6柱を祀り国家鎮護が祈願されたと伝えられていますが創建年代は詳らかではありません。


律令政治の地方官である国司が赴任後に義務付けられていた有力大社への巡拝を省くため国府の近くに国中の神々を祀ったそうです。
常陸国総社宮は六所明神を祀る最も古い総社のひとつと言われています。


令和奉祝版の御朱印帳です ヘ(゚▽゚ヘ)
幌獅子に乗ったオウムのココが日の丸を掲げバンザ〜イ!\(´ω` )/
大きさは18×12cm、
初穂料は㊞込み3,500円です。
お高いよ〜!ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

一頁目には通常御朱印が貼り付けられていました ( ´Д`)
墨がのるとキラキラと反射する紙なので貼り付けはもったいない感じがします。



月次祭の書置きは300円でした。
この帳面に合わせたのか紙が大きいので上下をカットして他の帳面に貼りました。


今回のホロはリボンの騎士♡


今のところ数と時間は未定のようですが、
令和奉祝版ジャングル大帝の御朱印帳は令和元年9月14〜16日21〜23日にも頒布されるそうなので公式HPなど要チェックです。
今年は奉祝版しか出さないとゆーことで、
通常ジャングル大帝の頒布については来年以降?
お正月も令和奉祝版という話があるようですが詳細は未定のようです。


◆総社神社(常陸国総社宮)
茨城県石岡市総社2-8-1
令和元年6月23日参拝
湯福神社が荒御魂なら和御魂はどーこ?
湯福の神職さんに教えていただいたのがこちらの武井神社でした。
善光寺の交差点から国道406号線を東へ150mくらいです。


御祭神は建御名方神の和魂
相殿に前八坂刀売神健御名方富命彦神別神(たけみなかたとみのみことひこかみわけのかみ)です。


武井神社は妻科神社・湯福神社と共に善光寺三鎮守に数えられる一社です。
創建年代は持統5年(692)と伝えられていますが詳らかではありません。


この額かなり大胆な書法なもんで、
揮毫の巖谷修さんという方を調べてみたら内閣大書記官上がりの官僚文化人というすごい書家だった!(*゚▽゚*)


お諏訪さまのお祭といったら御柱祭。
こちらの拝殿前にも御柱らしき柱が立ってるわけですが、
御射山祭(通称はらやまさま)という夏の特殊神事もあるのですね(上社・下社)。
やはり二百十日に先立ち行われる風よけ祈願という事で、
昔は萱葺の小屋に三日三晩お籠りしたそうですが現在ではかなり簡略化され、
神前に奉納した萱穂(ススキ)を持ち帰りお箸にしておふかしを食べる、
という子供の成育祈願になってるようです。



成長祈願がもう一つ (๑´▽`๑)ノ
善光寺巡業に来ていた雷電が神社東の鐘鋳川からここまで運んだと伝えられているこの大きな岩!
子供がこの上に立つと丈夫に育つと言われているそうです。
子供じゃないけど史上最強力士にあやかろうとわたしも乗っておきました。


この日は〝宮司不在〟の札が出ていて御朱印もらえてない ( ´ω`)
またいつか平日に来れたらその時にね‥。



この神社とほぼほぼ関係あるお宅なんじゃないかと思うけど、
善光寺表参道の武井工芸店がお気に入りでいつも寄らせていただいてます ♪( ´▽`)
だいたい金魚鉢を眺めていたけど今回ついに植木鉢を買いましたっ。


丁寧に梱包していただいたおかげで東京まで無事に持ち帰りツバキの植え替えができました!
成長が遅かったのは根詰まりが原因だったのか、
植え替えてからすくすく育っています!


◆武井神社
長野県長野市長野東町191

ーーーーーー✂︎ーーーーーー

・虎が塚
善光寺七〇〇という名所のこちらは善光寺七塚のひとつ。
曾我兄弟と虎御前(兄十郎の恋人)の遺物が埋蔵されていると伝えられています。


最近行った坂東観音で曽我兄弟ゆかりのお寺があったのでまたいつか投稿しようと思います。

というわけで、長野たび編終了です。
ホントは宿坊の御朱印いくつかいただいてますが知られていないのもあり投稿は控えます。


令和元年6月23日参拝
時間がありすぎて‥次はどこ行こうか参道をフラついてたら横道に世尊院が見えた。
久しぶりだな〜♪( ´▽`)
本尊の涅槃釋迦如来(国重文)が人気で特に参拝者が多い宿坊だと思います。


御朱印は平成25年にいただいてる。
蓮台に涅槃釈迦如来が立ち上がったようなオシャレな御朱印‥♡
お変わりなければいいのですが🙄

‥と、何気なく宿坊の入り口を覗き込む。
|ω・) 〝善光寺七池 花ヶ池〟ほー。
善光寺が今の延命地蔵(旧如来堂跡)にあった頃、如来さまへの阿迦の水として使われていたという‥。


この井戸が阿迦の水だそうです。
飲めないのか〜。
ここでわたし井戸のうしろにある3枚の白い鏝絵に注目しました Ꙭ


鏝絵(以下こて絵)とは左官屋さんが漆喰で仕上げた立体的な彫刻画のことで、
有名なのは伊豆の長八という職人さん。
港区の某寺院で非公開の古いこて絵を見せてもらってから妙にハマっちゃって、
土蔵造りの寺社の隅でニヤついていますw



こちらのこて絵は豊後のこて絵師 仁五(後藤五郎)という方の作品ということで、
大分はこて絵がたくさんあるのかな〜。
行きたい (๑´▽`๑)



オリジナルが墨画の鳥獣戯画を世界観そのままにこて絵で表現とは天才か!
しかも近寄れば近寄る程‥


生々しい!


積もった埃で立体感が出ちゃってるあたり、
白の漆喰で仕上げたのは計算だったのか?とさえ思ってしまう。
色彩豊かなこて絵もたくさんあるのですよ

いつまでも見ていられる楽しいこて絵でした (^ω^)



■善光寺 世尊院 釈迦堂
長野県長野市元善町475

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小腹を満たすためそば屋さんへ。
みなさん好みがあると思いますがわたしはいろいろ食べてみたいから入る店は割とどこでもいい。
あえて言うなら清潔で静かなお店が好き。
藤木庵さん好き。


二八の天せいろ 1,540円。
天ぷらは海老・烏賊しそ巻き・助宗鱈・舞茸



令和元年6月23日参拝
宿泊は山の神温泉という善光寺を見下ろす素朴なお宿でした。
直前だったから善光寺宿坊の空きがなかったんだよね ( ´ω`) フゥ 


宿から善光寺まで徒歩15分。
夜明け前から行動しないといけないので、
長野駅前のホテルに泊まるよりはいい選択だったと思いますっ。



今回の旅の目的はお数珠頂戴📿
日の出から始まるお朝事(おあさじ)に向かうご住職を出待ちして、
お数珠で頭をなでていただく慣わしがあると聞いて ♪( ´▽`)
日本忠霊殿・善光寺史料館


日の出の時刻5:30(季節により異なる)からこれだけの人が境内で待ち構えています。
宿坊に泊まると全てご案内していただけるそうですよ。
お朝事の情報は善光寺の公式HPに掲載されています。


善光寺は二つの宗派が運営してるので朝のお勤めが二回行われます。
まずは天台宗大勧進貫主のお通りです。


貫主に合わせてぞろぞろ人が動く!


かなり歩調が早い =3=3=3



お数珠を頂戴した皆さまはこの後の法要に参列するため堂内に移動します。
さっきの賑わいは夢だったのか‥?


少し遅れてわたしも本堂外陣の左側から朝のお勤めを見学しました。
まるでジャズのようなお経が心地よかった♡
そして御本尊の前の幕が上がり厨子を拝する。
30分頃、
外に出ると浄土宗大本願上人お出ましでした!
わたしもギリギリでお数珠頂戴できました ヘ(゚▽゚ヘ)

その10分後、
大勧進貫主を待つ傘持ちさん。



お帰りの際もお数珠で頭をなでなで。


再び本堂外陣で今度は大本願のお朝事を見学しました。
尼さんは大本願上人だけなんですねぇ。
パンクロック調の高速太鼓とお経を聞いたあとは大歓声を送りたい気持ちを抑えてお念仏。
南無阿弥陀仏‥合掌(浄土宗サイコー!)。
(゚o゚;) ハッ わたし曹洞宗の檀信徒だったw

しずしずとお淑やかな大本願上人さま <(_ _)>


早朝からこんなありがたい儀式があるなんて!と感動しながら大本願へお戻りになる上人さまを山門からずっと見つめていました。


静けさに包まれてるかのような境内 Ꙭ
お朝事のあとは宿坊に帰る人あり、
ご祈祷の申込みする人あり、
なんだかんだ本堂には100名以上の方がいると思いますw


驚いたのが、
朝5時には書き手さんが詰めていて御朱印をいただけました!
まさかそんな朝早くからやってると思わず帳面を宿に置いてきちゃったので書置きでいただきました。


そして善光寺のお楽しみといえば戒壇巡りです ٩( ' ω ' )و
内陣左側と右側の本田三卿像にお焼香したら地下へと続く階段を降りていきます。
ちょっと!真っ暗だからって携帯の懐中電灯で足下を照らす非常識な人がいたわ!
自分の魂が浮遊してるというイメージで暗闇を歩き浄土への鍵を掴む修行だっていう趣旨を分かって〜。
暗闇の中うしろにいたお姉さんと意気投合、
ハ「油断してると鍵に触れませんよ〜」
姉「そんな事もあるの〜!?」
ワーキャーおしゃべりしてたら目の前がパアッと明るくなった!
(llʘДʘll) まさか‥やっちまった!!

鍵に触れませんでした(涙)

何度か触ってるから極楽浄土には行けるもん‥(多分)。

戒壇巡りってなんであんなテンション上がるんだろうか。
楽しくてホント好き。


■定額山善光寺
長野県長野市長野元善町491

令和元年6月22日参拝
朝から歩き回って疲れたし、
早めにチェックインしてしまおうと宿に向かってる時に通りがかったお宮さんです。


うわ〜 (((゚Д゚)))
 Ꙭ 鳥居の前に大本願&大勧進の刻銘!
他にも善光寺関連から寄進された石ものが。
こりゃ重要なお宮に違いない。


創建年代は詳らかではありません。
古くから風の神として崇敬を集める善光寺一帯の氏神さまで、
湯福(ゆぶく)とは息吹(いぶき)が転じたものと考えられています。


昔から立春の210日目にあたる二百十日は風が強いといわれ農家にとって厄日とされてきました。
無事に収穫期を迎えるため、
善光寺参りのあとに湯福神社で台風を通せんぼする風鎮祈願が行われてきました。



あらま、梶の葉だわ!
ってことはお諏訪さま。
風の神が建御名方神に充てられるケースとても多いですね。


御祭神は建御名方命の荒御魂です。
ということは善光寺周辺で和御魂をお祀りするのはどちらかお聞きしたら、
武井神社との事なので両詣りオススメOK


お諏訪さまだから御柱あります!
今回は二本の奉納でしたが四本の時もあるそうです。
一之御柱


神社の裏に御柱ぽい電柱が倒れてました。
宮司さんに聞いたけど確実に御柱ではないそうです〜。



驚きなのが善光廟
本田善光さんのお墓なんですって。


中を覗くと磐座?古墳の蓋石とか?
大正時代にこの石の下から人骨が発掘されてるそうです w(*゚o゚*)w 


この建物はなんだろう。
隣に建つ神霊碑には水神と彫られています。


庚申塔いろいろ。


そして翌朝!
善光寺のお朝事の前に再びお詣りすると若い神職さんがいたの〜!
でも御朱印は「西之門に行ってね〜」とのことでした。



西之門に行ってきました ( ¯◡¯๑⃙⃘)
湯福神社の御朱印です。
お詣りに来れば宮司宅について貼り紙あります


いろいろお話伺いたかったのに、
ワンちゃんが激しかったので涙を拭いおいとましました(´;ω;`)ブワッ


◆湯福(ゆぶく)神社
長野県長野市箱清水3-1-2
令和元年6月22日参拝
善光寺まだまだ続いてます〜 ( ˙◡)
長いな〜。


善光寺参道に建つひとつめの門、
仁王門の手前に大本願があります。
善光寺仁王門


大本願は浄土宗の大本山で本尊は一光三尊阿弥陀如来です。
善光寺開山の本田善光には善佐(よしすけ)という息子がいまして、
ある日突然意識を失ってしまった善佐が蘇るよう祈ると、
仏さまは閻魔大王にかけ合ってくださいました。
善佐は入れ違いで地獄に落ちてきた第35代皇極天皇の事も救ってくださいと仏さまにお願いしたのです。
表書院(玄関)


生き返った皇極天皇は大変喜び、
蘇我馬子の娘で聖徳太子夫人の刀自古郎女(開基尊光上人)を遣わし守護にあたらせたのが大本願の起こりで、
以来皇室ゆかりの女性が尼公上人に就く事になっています。
現在の大本願上人は五摂家の名門鷹司家のご出身です!
本誓殿(大本願本堂)

そういえば善光寺本堂の端っこに閻魔さまがいるのは大本願の縁起に基づく所以だったのですね。
大事なことなのに知らんかった〜。
仁王門が見えるね Ꙭ

お参りの前に御朱印所で帳面を預けました。
何種類もある御朱印をお願いしたはいいけどドコで文殊菩薩さまを拝めるのかお聞きした際に、
文殊堂

「文殊堂にお札がありますよ〜」と教えてくださったおかげでお姿入りのお守りをもらえました。


授与品でひと握りサイズのお地蔵さんが人気だそうですわ  (๑・̑◡・̑๑)
* これはひと握りではないですw

大本願で今回いただいた御朱印は、
㊥文殊菩薩
㊧ひとにぎり地蔵
右の御詠歌は前回いただいたもの◡̈
達筆☆

ところで善光寺の裏側には徳川大奥や真田家の供養塔がありますが、
大本願歴代上人の墓所(赤い柵)があったの今まで気づきませんでした w(*゚o゚*)w



何度も善光寺に来てるけど北側は散策しなかったもんなあ。
ここでわたしは北側から善光寺を出ます。


■善光寺 大本願
長野県長野市元善町500