ガットギター | 頑固不器用ワンパターン

ガットギター

ボクのガットギターについて、詳しくお話しましょう。
ギターに興味が無い方には、つまらない話かもしれません、、、。

製作者は中出六太郎といいます。もう既に亡くなられた方です。
1960年頃の製作らしいです。

中出ギター



このギターは、その当時にボクのおじが高田馬場で新品を買ったそうです。
そのおじも、数年前に他界してしまったので、いわば形見ですね。

1960年頃という時代はボクが生まれた頃と一致します。
ですので、ボクの実体験として時代感覚は無いのですが、
高度成長時代にようやく片手がとどいたばかりの世の中だったと思います。

おじの遺品の中に、イエペスやセゴビアといった、一流クラシックギター奏者のレコードがあります。
多分おじは、こういった演奏を聴いて、「自分でもやってみたい」と思って
ガットギターを買ったのだろうと思います。

LPレコードを買ったということは、「ステレオ」も一式持っていたのでしょうし、
ガットギターも量産品はまだ無かったでしょうから、相当な金額のものを買ったはずです。
今でこそCDは1000円、つまり昼飯代+αで買えますし、CDラジカセも5000円程度で買えます。
ギターも1万円以内で手に入ります。
ですけど、LPレコードは当時でも2500円しましたし、ステレオは全て真空管ですから、
今だったら一式揃えると30万円コースです。
手工品のギターも30万円見当になります。
おじ夫婦には子供が授からず、ずっと共働きしていましたので、
このような贅沢品に手がとどいたのだと思います。

その後おじはギター上達をあきらめたらしく、そのギターは長い間、奈良のいとこの家にありました。
しかしこのいとこもあまりギターに熱は上がらなかったようで、やがて何かの機会にボクの手元へ来ました。

ボクも初めのうちは、この楽器の価値に気づかず、もっぱらエレキギターでロックばかりやっていました。
しかし、歳をとるに従って音楽の嗜好が変わって来て、このガットギターに触れる機会が増えてきました。

そんな矢先、妻がこのギターをいすの上から落っことし、響板の一部を割ってしまいました。
そのままでも演奏はできますが、なんとも締りの無い音になってしまいました。
このままでは使い物にならないので、さて修理に出したものか、
それとも新しく買ってしまおうかと考えました。

新しく買うにしても、このギターがどのくらい価値がある音を出しているのか、
それを理解するために高級ギターショップで事情を説明し、

180万円のと90万円のを弾かせてもらいました。
その結果、うちのあの見かけがボロいギターは、90万円のよりは良い音が鳴っていることが分かりました。

多分新品同士で比較したら大したこと無かったのでしょうけど、製作後約40年経過した分、
枯れて音が良くなっていたのですね。

修理することを決意し、ネットで方々探して、愛知県の工房にお願いすることにしました。
修理内容や納期などをメールでやりとりしましたが、修理が終わった段階で、
工房の主人が冗談半分に「この楽器がとても気に入ってしまって、送り返したくない。」と言ってこられました。
もちろん返してくださいましたが、ギター製作のプロがこのように言ってくれるということは、
やはり90万円のギターより良い音がすると感じたボクの感覚も、間違いではなかったんだなと、
ちょっと嬉しかった。

話は飛びますが、製作者の中出六太郎氏の家系は、ギター製作者ばかりのようです。
詳しいことは知らないのですが、六太郎氏の兄の阪蔵氏はとても名の通った製作者で、
日本のギター製作の主流となっています。
また日本で最初にギターを作った方も、中出さんなんだそうです。
六太郎氏は中出一族の主流にはならなかったらしいけど、ボクはこのギターに大変満足しています。

音色の特色としては、大変に優しさのある音です。
それから表現力が豊かです。
立ち上がりは早すぎず遅すぎず適度で、そのおかげでサスティーンも自然な減衰を持っています。
高額ギターを弾かせてもらったお店の人が言うには、「低音が弱いでしょ?」とのこと。
確かにそういう傾向はありますが、優しさにあふれ表現力が豊かであることの代償と感じています。
現代のギターは、メカニカルなテクニックに応えるべく、立ち上がりが速い傾向にありますが、
その分表現力を犠牲にしていることを感じます。

いずれまた、別のギターの紹介をするときに書くことになると思いますが、
本当に良い自分に合った納得がいくギターを手に入れるには、大変に時間が掛かるものです。
でもこのガットギターは最初から自分の手元にあったので、何も苦労せずに最高の楽器を手にすることができました。
この楽器の価値がわかっていなかった頃、雑に扱って傷だらけにしてしまいました。
いずれ、競馬が当たるかナニカしてお金ができたら、再び愛知の工房に送って、
全塗装してもらおうと思います。

ちなみに料金は30万円ですって。
でも、それだけの価値があることは分かっていますので、いつか、きっと、ね。。