今年の秋から、教会の日曜学校に通い始めた私。しばらくぶりに、行ってきました。

キリスト教なので、クリスマスは盛大にお祝いしたそうです、私の家出のあいだに(笑)って言うか、年に一度のこの時期に、なんで家出するかなぁ自分!

祭りの後のすがすがしい疲労感をたたえた皆さんが、ちょっとうらやましい(重ねて言いますが、これは自己責任です)

ただ、クリスマスも花まつりも大切なんだけど、肝心なのは生まれた日のお祝いと共に、その生涯や教えを伝える過程とかを、あらためて考えることだと。牧師先生もそこは、念を入れておっしゃった。お釈迦様もムハンマド師もナザレのイエス・キリストも、何かを伝える存在でいた。世界をよくしよう、人はどうあるべきかを提言したはずだ。知らないことが、たくさんあるのは、実に楽しい。

お寺の檀家さんや、神社の氏子さんと変わらず、教会の教会員も事務相談と近況報告と思い出話で盛り上がる(ご多分にもれず、高年齢化が著しい)。私は困った時しか足をむけない不信心者なのですが「しばらく留守にしたのは夫婦ゲンカで家出していたからで、なんとか仲直りした」と正直に話した。十余年来の知人ばかりだし、ウソをつきたくなかったんだ。これでまた、なんて短気で損気な人なんだこの人!と、皆さんに知れわたった… しかたない、本当のことだから。

人は、人を偽っても、天地神明を裏切ることは出来ないはずだ(万国共通で)

年末進行は心を波立たせるけれど、無理せず新年を迎えようと思う。