まいど。困難な状態を続けて来て、疲れてきました。最初が一番疲れて、怒ったのですが、その憤りが家族の誰にも伝わらないので、その残念さに「無駄無駄無駄ー!」と強く感じています。by DIO…

前にも書きましたが、次第にコミュニケーション障害・共感障害を持つ家族がおかしいのか、接している自分がおかしいのか、分からなくなってきました。私にもLGBTという難儀な問題はあります。でも、コミュニケーションという点では、家族の代表として正しい対応をしてきた気持ちがありました。うつの配偶者、不登校の子どもたち。

しかし、私を理解しようという人は、ここにはいない。そんな人、世界中どこにもいやしないのかも。そう思うと、本当に虚しくなります。いろいろ配ってきたつもりの気持ちなんて、誰も必要としていない。だから、無駄じゃないかと。まぁ、すねています。拗ねたくもなりますよ、ちったぁ。

生きたくても生きられない人がたくさんいるんだ、まだもう少し考えてみよう、とは思っています。

私がなかなか回復しないのは、家の工場が始まったせいもあります。正確には、外壁のリフォーム。この家も築10年を超えたあたりから経年劣化が目立ち始めましたが、家族の引きこもりもあり、なかなか着工しないで来ました。今年は粗大ごみをエイヤッ!と処分したこともあり、涼しくなってからと予定して工期に入りました(当地は温暖につき、年間6ヶ月は夏・窓全開期に工事はキツかったので)

我が家には四人の人間が住んでいます。私が最高齢で、もっとも背が低い。しかし、工事のための準備をする者は私だけ。誰も手伝わない。それどころか、準備の必要にも気づかない。口で言っても通じない。力を振り絞って片付けをして、その結果を見ても、その作業量に思い至らない。うつ病と受験生と不登校児ってのは、こんなに自分のことしか考えなくて、自分のことだけで精一杯で、こんなに家族が何をしているのか推測出来なくて、洗濯や食事や掃除を当たり前のタダ働きにとらえている生き物とは知らなかった。絵にかいたような、徒労。

「私はおりるから、誰かお金で雇って、後は勝手に皆さんのよろしいように、やってもらえませんか?」

愛情で繋がっている家族像なんて幻想に、いつから囚われたんだろう。

でも、私も自分の稼ぎから、この家の頭金を出した。精一杯家族が楽しく暮らせるようにしてきた。しかし、あまりにも家族の皆さんの理解が無いので、ビックリしています。こういう家庭はたくさんあって、もっと冷淡な家族もいて、うちなんかまだマシの方かも知れない。とにかく工事が無事進行しているんで、少し気が楽になり、アルコールや睡眠薬のがぶ飲みも減ってきた。もうこれ以上、誰も何も押し付けないでくれるとよいのだが。そうも、いかないんだろうなぁ。

本当は、自分に失望している。誰かに失望するより、これはたちが悪いことですよ。