私の顔を見るや、後輩は突進してきた。

「先輩!聞きましたか、俺もう、ムカついてムカついて…」
「だいたいのところは聞いたけど、あらためて聞くからこっちにきて。他のみんなは練習続けて下さい」

空き教室の使用許可をとっていたので、そちらに入った。長くなりそうだから、飲み物も用意していた。高校三年の秋くらいのこと。

向かいに座った二年の後輩は、怒りが再燃したらしく、言葉ももどかしい様子だった。かたわらに、その人の相棒の二年男子が、黙って座っていた。黙っていたが、彼ももちろん怒っていた。

私たち三年は同期三人だが、その時三人集まったかどうか、覚えていない。三人は難しくて、二人だったか。それとも私一人だったのか。とにかく、話を進めた。

「私の聞いた範囲をまとめると…二年の君が、大会に向けての事務連絡を、とある私立の女子高にとろうとした、と」
「だってあたりまえでしょ、連盟に所属しているんだし、連盟主催の大会はどこの高校にとっても一番大事じゃないですか!その大事な連絡を取って、何が悪いんだ!」

後輩は、その時のありさまがフラッシュバックしたらしく、今度は哀しそうになった。

「君が、そのなんとかって女子高に電話して、部長を呼び出してもらって連絡しようとしたら…」
「どこの誰だ、ってさんざん待たされた挙げ句!」

とにかく部長にも部員にも取り次いでもらえず、顧問の先生さえ繋がらず、なんかその受付の電話番のレベルで「二度とふざけた電話かけるな」的に、門前払いを食らったらしい。

「本当に、ひどい話だ。傷ついただろう、君は悪くない」
何も悪くない!と、後輩は叫んだ。相方が、なだめて座らせた。
「手紙やハガキで連絡した方が、よかったんじゃない?」
たぶん、何かの期日が迫っていた。女子高ってのは仕組みが私たち公立とは違うから、まずはハガキで概容を伝え、電話は返事だけもらう形が多かった。私たちの学校の女子生徒が連絡するのも、いろいろ手を考えるのに、男子が女子高に電話…この惨事を未然に防げなかったことに、私は無力感を禁じ得なかった。

「俺が男だから…だから、女子高に差別されたの?!」
「事実としては。私立の女子高なんだ、異性から隔離して大切な娘さんたちを、保護している場所なんだ。オオカミを簡単に通すようじゃ…」
「誰がオオカミだ、ただの事務連絡だろ、それだけなのに… あんな学校の女、こっちから願い下げだ、くそっ!」

あぁ、そうなんだ…差別って、されたからし返すもんなんだ。それで、どんどん広がっていくもんなんだ。私は、相手を貶めたい気持ちは分かるが、それでは敵の下品なレベルに自分も落ちることなる…と言った。

「そんな差別主義者どもにこれ以上関わるのは、時間のムダじゃない?」
「…納得いかない」

そりゃ、そうでしょ。顧問はなんて言ってるの?
「それがあの先生、俺よりあっちの肩を持ちやがって!本当にふざけた態度だったんじゃないの?って、話半分に聞いて、もう…」

言葉にならない。拳を震わして。

「分かった。とにかくこの件は、顧問にあらためて訴える。君たちは、練習に戻って。他の人たちが休憩しているころだ。交代して、気持ちよく汗に流してしまえ。それから…」

男子二人に向かって、言った。

「君たちを侮辱した女性のことを、どうか差別し返さないでくれ。君たちの傷を塞ぐのも、私たち女だ。まあ、待ちなさい」

私たちは…三年三人で緊急動議を起こし、最高学年としての意見をまとめ、顧問の時間を割いてもらい、やはり空き教室を借りて話し合った。それとも、教科担任室でそのまま話をしたのか、ちゃんと覚えていません。取りあえず、顧問はそんな長話になるとは思わなかったようだ。

「これは、明らかに男女差別です。日本国の民主主義に反する行いで、とても認めることはできない暴挙です」
そんな、大げさな…と言いながら、やっとこれは大事だと、向き合ってきた先生。遅いよ!
「本人から話を聞いたときには、あなたの態度がよくなかったのでは、と指摘したのよ。なにしろ相手は私立の女子高でしょ、私も勤務したことがあるから分かるけれど、この学校みたいな公立共学校とは、教育方針が違う。おかしな話だけど」
「そのおかしな、違った考えを持つ人たちが、私たちの大切な仲間を、性差別しました。用件も聞かずに野良犬を追い払うみたいに。彼が、男であると言うだけで、ほとんど犯罪者か、それに近いもののように扱ったんです。納得いきません、本人も私たちも」

う~ん、と顧問は腕組みした。強烈なフェミニストであり、一児の母でもある先生は、その頑固さと母性から、一部生徒から揶揄的に「ママ」と呼ばれていた。いわく「ママってホント、分かってくんない」もちろんこの時、私たちは先生をそんな呼び方しなかった。真面目な話なんだ。

「具体的には、とにかく門前払いになった連絡事項を、先生から相手校の顧問宛の親展で、伝えたいんです至急。文面は、私たちが書きますから、内容をチェックして下さい」

私たちは、既に用意した封書を、顧問に見せた。問題ないです、と返された。
「ご面倒ですが、貴校の対応によって本校の生徒が精神的に傷ついたことを、訴えてはいただけませんか?」

先生、再度沈黙。学校同士のケンカに発展するのが、よいのか悪いのか、それは本当のところ私たちにも分からなかった。

「先生、このような連盟に所属している意義を、私は見出だせません」
「ちょっとあなた、軽はずみなことを言うもんじゃないわ。問題なのはひとつの学校だけでしょ。それで、全否定するのは極端よ」

そうだろうか?他の学校は違う、のだろうか。私たちも事務連絡のため、他校(今回問題になった学校ではなかった、たぶん。でも私立の女子高)を、訪ねたことがある。そんとき、なんで私服なんだって、その学校の顧問にジロジロ見られて…
「本校には、指定の標準服はありません」
これだから、公立の馬の骨は!って顔された。一張羅着ていったのに…だいたい、部活の事務連絡なんて生徒に丸投げで構わないのに、あのお嬢様たちは学校や校則に従って、しずしずと。
「乱暴なことを言いました。部活として連盟を脱退するのは、こちらにとっても不利です。けれど今回の侮辱について明確な決着がつかないのなら、私は個人として連盟員を辞めます」
「あなたねぇ…」
「今年度の連盟費をかえせ、なんてケチなことは言いません(年連盟費500円・当時)。私一人が騒いでどうなるわけでもないでしょうけど、なにか変えたいんです」

今に至る熱い魂、すでに三十年前に萌芽あり。顧問になだめられ、手紙じゃ重いから、ちらりと口頭で先方に伝える、で一応の決着。

「あなたが、あの男の子のために、そんなに尽力するなんて」
「委員会でずっと一緒なんです、ね?」
私と前部長は、この後輩のことは入学直後から知っていた。
「だからあの子たち、あなた方を慕って入部してきたのね。なるほど、どうしてだか不思議だったのよ」
別に慕われてはいないよな~、むしろ畏れられてるよな~と、顔を見合わせた。先生が、コーヒーをおごってくれた。購買の。

「いい加減で乱暴そうに見えますが、彼は真面目でいい人です。少しさみしがりやで、虚勢を張ってしまうんです。彼だけではなく、大切な友人のためなら、出来るだけのことをしたい。もちろん、恋愛感情ではありません。むしろ…」

人間の尊厳に関わる問題だ。女の園が男を拒むなら、その女は男社会に差別されるのを諾諾と受け入れるだろう。その女子が母になったとき、やはり差別し差別される子を育てるだろう。確かに、男女には性差があり、区別があり、マナーがある。ルールがある。でも、だからこそ性差別があってはならない。っていうか、なくなってくれないと困る。LGBTを自覚していた私に、とって。

「みんなが受験勉強している時に、時間を取らせちゃったわね」
「浪人したら、責任取ってもらおうかなぁ」


同期三人、ちゃんと現役で大学生になりました。その前もその後も、差別はいろいろあったけれど、男性が女性にセクハラ受けた話。昭和時代。