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テレビで楽しむプロ野球

テレビで野球観戦し続けることウン10年のプロ野球ファン。CS放送以外のジャイアンツ戦は全て録画してでも観戦しています。日々の観戦ノートを元に、1カードにつき1記事ぐらい、書いています。

 野球博愛主義的長年ジャイアンツ愛好家である私が腰を下ろすには、勇気と根気と冷静さを試される修行的観戦席。横浜スタジアムのライトスタンドに近い内野席上段は、そんな席だと言えます。なんてったって、スタジアム内のベイファンの人口密度だけでなく熱狂度も非常に高いゾーンですから。言うまでもなく、ジャイアンツ選手の一挙手一投足に対する、長年しみついた条件反射というものを、私は逆方向へと切り替えねばなりません。いつもとは違う神経を遣いながらの観戦は疲れるに違いない。……なぁんてこと、全くありませんでした。最低限のマナーとわきまえを心得ておけば、ベイファンのみなさんは寛大なのであります。心の大きさ以上に、相手チームのファンが自軍応援席に紛れ込んでいるという本拠地実態への慣れが大きいせいかもしれません。これは人気チームのファンとそれほどでないチームのファンとの大きな違いなのではないでしょうか。

 ジャイアンツは初回にいきなり5点を先制。亀井選手のタイムリーや村田選手のホームラン、代打・矢野選手のタイムリーも飛び出します。失点しながらもジャイアンツは着々と得点。という試合展開にありながら、ベイファンたちの声援や身振りの勢いは簡単には衰えません。けれども、点差が離れていくなか、次第にその勢いの方向は角度を変えていったのでした。徐々に、声援にヤケクソとイジケが入ってきたのです。少しずつ、ベイファンたちが壊れたおもちゃと化していくような空気が辺りを包み込んでいきます。
 最大得点差は、じつに7点。それが6点差へと1点だけ縮まった終盤7回裏、こんなベイファンの声が耳に入ってきました。「あと6点!」。声のトーンは明らかに、ヤケクソでもイジケでもなく真摯で本心。ピュアな心からの叫び。私は耳を疑いました。「あと」6点、だなんて。やるせなくなりました。なんだか、ベイファンの頭をよしよしよしと、なでてあげたい衝動に駆られてしまいました。
 毎シーズン優勝を目標に優勝争いにからむチームのファンの間では、大差をつけられた状況下でのこういった叫びは絶滅危惧種といえます。終盤での6点差を「〈あと〉6点」と捉えるだなんてまったくもってナンセンス。「〈もう〉6点」も離されたのだから今日の試合は捨てて、明日に切り替えればいい。そう考えて観戦するのがまっとうだからです。シーズンもまだ前半、6点差は追いかけない方が長いペナントレースでの優勝争いを考えた時に賢明な戦い方だということは、長年優勝争いを繰り返してきたチームの「ファン経験値」から知っているものなのです。
 ところが、万年Bクラス、最下位を彷徨うチームのファンの場合、そうは捉えない。否、捉えてはいけないのではないでしょうか。今日は負けてもいいという考えが、弱小チームにとっては貴重な勝利をみすみす逃すことに繋がりかねない。あるいは、明日の試合に切り替えることは容易ではなく、連敗に繋がりかねない。そんな「ファン経験値」が毎年毎年刷り込まれているわけです。ですから、明日の勝利までは計算せず、まずはとにかく今日の勝利を粘り強く渇望してやまないのではないでしょうか。6点差を、「もう」と諦めはしないのです。
 常勝チームとそうでないチームのファンの間にある「位相の違い」というものに気づかされた、ベイファンの新鮮でピュアで忘れられない一言でした。

 そんな切実な願いが届いたのか、突如ハマ風が吹き始めました。多村選手やモーガン選手のホームラン、中村ノリ選手のタイムリー、ブランコ選手の内野安打まで。あれよあれよという間に「あと6点」だった点差は1点差に。みるみる、壊れかけていたベイファンたちのココロが息を吹き返していくではありませんか。ムクムクと勢いが芽吹いていきます。ライトスタンド周辺の空気は急激に活性化。歓喜の声や応援歌も弾んでいきます。辺り一面、ニコニコ顔。
 追い上げながらも、まだ数点差がついていた時のこと。またしても、ピュアで実感のこもった、誰に言うでもないようなベイファンのつぶやきがポツリと耳に届きました。「俺は、ほぉぉんとーに、このチームが好きだぁぁー……」。

 このあとベイスターズは9回裏1アウト1・2塁から多村選手が3ランをライトスタンドへ放り込み、サヨナラ勝ち。スコアは10対12。スタジアムで観戦していたミスターも試合後に「ナイスゲーム」と記者に応えたという、ドラマチック度の高い一戦でした。サヨナラホームランの美しい放物線を間近に確認した直後、野球博愛主義的長年ジャイアンツ愛好家である私ですが、図らずも周囲のベイファンとハイタッチをしていました。条件反射的に。

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 長野選手は、昨今では珍しいことに、ずうっとジャイアンツ入りを熱望してました。ご存知の野球ファンは少なくないはず。ところが、大学4年のドラフトではファイターズに指名され、拒否。そしてHONDAに入社。ところが次のドラフトで、ジャイアンツが予定していた2位指名の前、他球団に先を越されて指名されてしまいます。このときも長野選手は頑なにジャイアンツ以外を拒否。HONDAでプレイを続けプロ入りを見送ります。そして翌年ようやくジャイアンツが1位指名。めでたく入団。

 この時もだったし、その前もそうだったように記憶しているのですが、ドラフト会議後の彼の姿はとても印象深いものでした。所属しているHONDAの社員として記者会見に応じる彼の服装は、もちろん学生のように学生服ではなく、かといって社会人選手によくあるスーツ姿でもない。メーカーならではの作業着を羽織っていたのです。

 ここまで作業着が似合っていないなんて。と一目で憐憫を覚えざるをえない姿でした。スポーツ選手らしからぬ違和感。というのは当然ですが、それ以上にひしひしとしんしんと伝わってきたのは、彼が携えていた抑圧感でした。自分はいつまでもこれを着ている訳にはいかない。身に纏っている作業着から早く解き放たれたい。これは自分の仮のユニフォームだ。そんな、作業着の内へ内へと押し込められ抑え込まれていた感情が、静かに確かに会見場でじわじわ放出されている気がしました。作業着が似合ってしまうわけにはいかなかったのです。この抑圧感を見た時、入団後の活躍は間違いないと期待を募らせたのは言うまでもありません。

 今日の長野選手のサヨナラ安打を見て、作業着に身を包んだ彼の会見姿が久しぶりにふわっと蘇りました。彼がHONDAに入社した翌年のドラフト会議で、ジャイアンツの前に彼を指名したのは、当時のバレンタイン監督。彼が当時指揮を執っていたのは今日ジャイアンツがサヨナラ勝ちしたチーム、マリーンズでしたから。

 余談ながら、この年、ジャイアンツがドラフト1位に指名したのは、大田泰示選手。彼のつけている背番号55の先輩、松井秀喜氏と長嶋さんの国民栄誉賞授与式が執り行われた5月5日の3日前、不振とケガで1軍登録を抹消されてしまいました。2軍が臨時で練習をした玉川グラウンドで、長嶋さんに声を掛けられた姿が報道されたのは記憶に新しいところ。

 早く復帰して、背番号らしい活躍をもうそろそろ見せてくれてもいいシーズンではないでしょうか。大田選手は高卒入団につき、今年で23歳。長野選手は入団した時はすでに25歳でした。
 去年もブログに何度か書きましたが、ジャイアンツのオレンジユニフォーム、私は好きです。が、選手が手を上げたりして脇が見えてしまった時にはかなり幻滅したものでした。脇が切り替えされたデザインは動きやすいので大歓迎。でも、脇だけ白い生地っていうのはいかがなものか。脇を閉めるとか脇の開きが遅いとか脇が開き過ぎとか脇が甘い、といった表現が多々聞かれるように、脇とは野球選手の身体の中で重要なポジションを占めています。なのにその脇だけ白く彩色がないと、フフゥーーッと脱力してしまう。ユニフォームの大部分を覆っているせっかくのオレンジ色の高揚感が、脇の白がチラリと見えただけで一挙にシュリンク。

 各球団は毎年ユニフォームのデザインや素材や型を見直すだけでなく、イベントがらみ、話題提供型のユニフォームも登場させてくれます。それはそれで、観客に対して、球場という非日常空間の非日常性を高めたり、希少性を感じさせてくれる効果や、球団にとっては物販面、集客面での効果という経営メリットもあります。

 でも、正直なところ、がっかりしてしまうユニフォームが少なくない。いつだったかの、マリーンズの下だけ黒いユニフォームは選手に同情してしまうほど格好わるかったですし、いつだったかのドラゴンズのサンデーユニフォームは袖がなくて肩の辺りがヒラヒラしてヘンテコでしたし、いつだったかの稲妻のイラスト入りジャイアンツのユニフォームのあっけらかんとした無垢さには稲妻だけに目眩さえ覚えたものです。ユニフォーム着用を拒否できない、選べない選手たちに対してプレイではない、彼らの為す術ないところで憐れみを感じてしまうなんて。選手たちに抱くべきでない失礼な感情とはいえ、どうしようもないのです。なんてファンとして悲しいことでしょう。

 さて、今年のオレンジユニフォームです。ああ、何をか言わんや。