このお話しはフィクションです
峰岸 美津子 45歳
「実は、パートで採用が決まったその日に失敗した、と思っていたのよ。」
デパートのレストラン街。
ファミレスっぽいイタリアンの店で、ディナーセットを注文したあと
美津子は、待ち構えていたように切り出した。
以前、契約社員として勤めていた広告制作会社から、
「是非、峰岸さんに来てほしい」と指名を受けての派遣で3年半。
勝手知ったる・・・ということで、すぐに一人前以上の原稿を受け持ち、
新人正社員の教育担当も任された。
美津子を指名した上司が退職した頃、世の中は百年に一度の不景気に突入していった。
派遣先の会社にも経費削減の嵐が吹き出した。
3か月ごとに結ぶ契約更改の話し合いで、
「もう、派遣さんを雇えなくなってしまって・・・。」と、
新しく課長になった元後輩が契約打ち切りを伝えてきた。
「峰岸さんに辞められるのはイタイんですけど、会社の方針なので・・・」と言うと、
噂になっていた婚約を裏付けるべく、ダイヤの指輪を嵌めた左手でかかってきた内線電話をとった。
多少、割り切れない気持ちを持ちながらも、美津子は自分が辞めた後を引き継ぐ社員が困らないよう、通常業務をこなしながら、引き継ぎの資料を作成していた。
同じ会社を2度退職するその日まで、残り10日となったところで、
隣の課に新人の派遣社員がやってきた。
20代前半ばといったところだろうか、明るい色の髪を肩下までたらし、
ふんわりカールさせたガーリッシュな子だ。
派遣はもう雇わないはずでは?
美津子が不審な思いを隠せずに、様子を伺っていると
「アシスタント的な作業をしてもらう子なんです。おつかいなんかも。
峰岸さんのように一人で原稿を任せたりできるような子ではないんです。」
と、聞いてもいないのに課長席から元後輩がささやいた。
・・・・派遣を雇えなくなったのではなく
お金のかかるベテラン派遣より、ちょっとだけ手間のかかる若い派遣に、
都合よく働いて貰おうというのが、この会社の経費削減だったのだ。
その日から辞めるまでの10日間は地獄だった。
腹立ちを表面に出せば、同情される。
かといって、自分が辞めた後も問題ないように誠実に引き継ぎをするのも大変な努力がいった。
整理しきれない自分の気持ちと戦いながら、一日一日を過ごし、
机の上のカレンダーのマス目に×印をつけていった。