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『ブギウギ』は草彅剛がいる限り“安心”だ 音楽家・羽鳥善一が信じるスズ子の特別な力(リアルサウンド) - Yahoo!ニュース

 

 

幻の曲「大空の弟」の力は絶大であった。

 

 

 

 

 

 スズ子(趣里)の弟・六郎(黒崎煌代)の戦死の報に、スズ子と梅吉(柳葉敏郎)は打ちひしがれる。こういうとき、共に哀しみを分かち合い、励まし合う、それが理想の家族であろう。ところが、梅吉はスズ子を慮らず、たったひとりで哀しみに耽り、香川に帰ると言い出す。六郎が死んだことも信じないと、現実を見ようとしないのだ。

 

梅吉が冷たいのは「本当の娘じゃないから」という疑惑も湧き上がり、六郎の死や、戦争で歌う場が失われていることなど、悩みは山積みで、スズ子はとうとう声が出なくなってしまった。

 

見かねた羽鳥(草彅剛)は、スズ子を食事に招き、茨田りつ子(菊地凛子)との合同コンサートを提案、スズ子のために「大空の弟」という新曲を作る。  

 

朝ドラことNHK連続テレビ小説『ブギウギ』第10週は、この「大空の弟」をスズ子が歌うことで、生きる力を取り戻すところが白眉だ。が、曲もすばらしいが、この曲をこのタイミングでスズ子に与えた羽鳥善一という人物の人間的魅力こそ讃えられるべきだ。  

 

羽鳥善一。人気作曲家。どんなときでも楽しむことを心情とし、好きなジャズが敵性音楽とされて取り締まられても、楽団員が徴兵されても、へこたれず、粛々と曲を作り続けている。実は音楽を作り続けないと不安で眠れなくなってしまうことは妻・麻里(市川実和子)だけは知っているのだが……。

 

 決して、根っからタフなわけではなく、音楽が好きで、音楽しかないからこそ、必死で音楽を守ろうと踏ん張ることが、結果的に羽鳥の強さになっているのだろう。彼は音楽の力を信じているから、コンサートをやることーーつまり思い切り歌うことで、スズ子も茨田も元気になると信じているのだと思う。  

 

コンサートで初披露された「大空の弟」は、スズ子の弟への思いを羽鳥が聞いて作った。それは極めて巧妙な楽曲である。歌詞を額面通りに受け取れば、敵を悪し様にののしって、それをやっつける日本の軍人を称えるものになっている。

が、ちょっと違う角度で見れば、戦争で亡くなった弟のことをただ悲しむことは戦争批判にもなりかねないから、あくまで、国のために戦ってくれたおかげで生活できている感謝を込め、でも新聞では情報が伏せ字になっているから戦場の様子がわからないと、皮肉っているようにも感じられる。

曲調も、旋律は勇ましく、軍歌調。でもコンサートではピアノ1本で厳かだ。  

 

「大空の弟」は、羽鳥のモデル服部良一が作った数少ない軍歌で、音源が残っていない。それが2019年に発見されて、今回『ブギウギ』では、孫の服部隆之が残された楽譜を編曲した。

 

 スズ子はこの歌を堂々と歌い切る。それを聴いた梅吉は、「おまえの歌、聴いてたら 正直なってまう。ごまかされへん」と我に返り、六郎が死んだことを認識する。

 

この、誰もが正直になれるという、スズ子の歌の特性を最初に見抜いたのは、羽鳥である。きれいに正しく歌うのではなく、感情のまま素直に歌うことが彼女を光らせると考えた羽鳥は、スズ子の感情を湧き上がらせようとレッスンを重ね「ラッパと娘」が誕生したのだ(第29話、30話)。  

 

「大空の弟」を歌うスズ子は哀しみや絶望、誰にぶつけていいのかわからない怒り、そして、亡くなった弟への深い愛情に満ちていた。その感情に、梅吉は認められずにいた感情を引き出された。おそらく、客席の誰もがそうだったろう。  

 

昭和16年12月8日、真珠湾攻撃により開戦したときには、国民の多くは日本が勝って景気がよくなると思っていた。でも、いろんなことが制限されて、我慢を強いられていて、何かがおかしい。六郎のようにすでに亡くなっている人たちもいるだろう。

 

口に出せない、考えてもいけないような状況下で、少しずつ感情が麻痺しかけているときに聞いたスズ子の歌は、感情の筋肉をしなやかに戻し、ほんとうに感じていることを、喜怒哀楽の機微を取り戻す力が宿っていたのではないか。それを、羽鳥は見抜いている。スズ子が感情のままに歌うことで、聴衆は解放されることを。

 

いいメンターのいる朝ドラは名作になる

 羽鳥視点で見ると、自分の理想とする音楽を作りあげるために、スズ子を誘導している気もする。「大空の弟」の哀しみから、「ラッパと娘」で弾ける流れは、カタルシスーー浄化の理想の形であり、最高の音楽ができた瞬間として、音楽家としてはかなり満足の出来であったろう。その結果、スズ子の心も、梅吉の心も、誰の心も整った。

 

 羽鳥は具体的なことは言わないけれど、自然に、スズ子を導いていく。

ツヤ(水川あさみ)が危篤のときも、公演に出ないで実家に戻ることも止めないと言いながら、「むしろ自分の苦しい心持ちを味方にしていつもよりいい歌だといわれるくらいじゃないと僕はダメだと思う」と言って(第38話)、スズ子に、ステージをやり切る決断を促した。  

 

今回の「大空の弟」はまさに、自分の苦しい心持ちを味方にしていい歌だと思わせた成果である。

歌い終わったあと、がくりと膝をついて泣き崩れそうになったスズ子に羽鳥は、「福来くん、しっかりしなさい」と声をかける。ステージに上がったら、感情はパフォーマンスに込めないといけないのだ。

 

立ち上がったスズ子の「ラッパと娘」は最高にはじけていた。こんなふうに、どんなときでも、背後にいて、スズ子を導いているのである。まさに指揮者。そして、メンター。  

 

朝ドラでは、ヒロインのメンターになる人物がよく出てくる。

古くは『おしん』でいうと中村雅俊が演じた脱走兵・俊作、近年だと『半分、青い。』で豊川悦司が演じた人気漫画家・秋風羽織、『あさが来た』でディーン・フジオカが演じた実業家・五代友厚、『とと姉ちゃん』で唐沢寿明が演じた伝説の編集者・花山伊佐治などが、絶大な人気を誇ったメンターであろう。  

 

いいメンターのいる朝ドラは名作になる。羽鳥善一がいる限り、スズ子も、『ブギウギ』も安心だ。

木俣冬