前回は江戸時代の経済金融システムと高い教育レベルについてお話ししてきましたが、今回は礼儀正しい日本人の原点となる【江戸しぐさ】とリーダーシップ教育としての【武士道精神】についてお話していきます。
(7)史上最高のマナー「江戸しぐさ」
「江戸しぐさ」に関する本は沢山出ていますが、ネットで「江戸しぐさ」を調べると『江戸商人のリーダーたちが築き上げた、上に立つものの行動哲学である』とありますが、一般には商人のリーダーだけでなく、全国から江戸に出てきて暮らす人々が長い間の経験の中から生まれた生活の知恵であり、多くの人々が寄り合って暮らせざるをえない江戸で、人間関係を円滑に運ぶための言葉遣いや立ち振る舞いのことです。
例としては『雨の日に人とすれ違うときに、お互いに傘を外側に軽く傾ける、すれ違いざまに軽く会釈し肩を引いてぶつからないようにする』また『江戸の庶民たちが「こんにちは」のあいさつの後で、「暑くてござりまする」というような季節の状態を確信する一言を付け加える作法』など、前述のロシア人革命家のメーテニコフは2年近く江戸の密集地に暮らしていたにもかかわらず、その間口論したり喧嘩したりする日本人の姿を一度も見かけなかったと述べています。
また、きれいに掃除の行きとどいた街並みや質素だが手入れの行き届いた内庭を見て「日本人は心の芸術家」と表現し、その精神性の高さに驚嘆していました。
(8)リーダーシップ教育としての武士道精神
江戸時代には士農工商の身分制度が確立していて、士である武士が支配階級であったことは確かでした。商人には商人道、職人には職人道などの職業論理が確立され、それぞれを誇りにして行動していました。
江戸時代は、260年程戦争のない平和な時代だったので、武士は戦場に行く軍人ではなく現在、官僚にあたる役割をはたしていました。しかし、現在の官僚を大きく違っていたのは高い精神性と志とリーダーシップ力を有していた事でした。
とりわけ幕末維新には吉田松陰、坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛、桂小五郎、高杉晋作等の最高のリーダーシップを持った人物を多数輩出させました。このことは、江戸時代260年かけて積み重ねてきた教育、文化、精神性の高さが熟成し発酵し、そして昇華した結果であると思われます。
前述したように英国の外交官アーネスト・サトウが西郷隆盛と会った時に西郷を評して『こんな器の大きな人物に今まであったことはない』とまで言われ、驚いたそうですが、
歴史に”もし”ということはタブーかもしれません。しかし敢えてそれを言わせていただければ「世紀の大英断」と言われた勝海舟と西郷隆盛による1868年の【江戸城無血開城】は、“もし”この2人のうちどちらか一方がいなかったら絶対に成しえなかったと私は考えています。2人が下した英断が江戸の町を守り、その後日本が西洋の植民地になることを防いだ最大の要因になったことは間違いありません。
その後日本は日露戦争に勝利して世界中を驚かせましたが、時の政治、経済、外交、軍事の指導者層である伊藤博文、山縣有朋、児山源太郎、井上馨、高橋是清などは明治時代に学校や士官学校で教育を受けた秀才ではなく、大半が薩摩藩や長州藩等の貧しい下級武士出身の者で、少年時代に藩校や私塾で教育を受けた者でありましたが、彼らは当時の世界情勢や日本の国力を良く知っており、高い知性と確固たる戦略をもってこの戦争を勝利に導いたと言えます。当時の指導者層は、太平洋戦争を指導した学校秀才や士官学校出のエリート層とは大きく異なり、武士道精神に裏打ちされた高い精神性と強力なリーダーシップ力を身に着けていたと考えられます。
以上、『江戸』を思い起こすことは、今日のような激動の時代を、どのように生き、どのように次の世代に日本の良さや文化を伝えていくべきかを悩んでいる私たち日本人にとって意義深いことではないかと考えております。
※参考文献
『日本をもう一度江戸時代に戻そう』浅井隆著、飛岡健監修((株)第二海援隊)
『あと3年で世界は江戸になる』日下公人著 ビジネス社