激動に時代をどう生きたら良いかを考える。

今は激動に時代です。この激動の時代はどうゆう時代であり、これからどうなっていくか?
そしてこの激動に時代をどのように活きるべきか?


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●2020年の教育大改革とアクティブ・ラーニングについて思う ー1-

 

現在、日本の教育界で叫ばれていることに、2020年の東京オリンピック時を同じくして実施される予定の教育大改革があります。

 

大学や高校の入試改革まで踏み込んで「世界に通用する人材」を育成していこうという野心的な狙いが有ります。 

 

これはおそらく古くは明治維新の学制(1873年=明治6年)から150年近く続いてきた教育制度の見直しまで含む大改革になるかもしれません。 (しかしこれは私の期待です。実際はどうなるかこれから次第です。)

 

戦後、日本の教育界で当たり前のように行われてきた偏差値教育があります。日本社会全体が学歴を重視する風潮が蔓延してきました。

 

限られた枠を争う偏差値教育は計量的に認知が可能で、判定が出やすい形式に限られます。

偏差値教育に要求される能力は「記憶力」とミスを極力少なくするための「検索能力」です。

 

つまり問題についての答えは一つしか存在しない○×の問題形式にならざるを得ません。試験官の主観が入らないで判定できることが基本です。

 

しかしITやAIが加速度的に発達を遂げているこれからの近未来社会では、記憶力や検索能力は機械に任せれば済む話です。そんなものに多くの時間と労力を割いてしまうのは実に効率の悪いことです。

 

それゆえ機械ではできないもの、つまり人間がやらなければならないのは、新しい物やサービスを作り出していく創造力、人間社会をまとめていくリーダーシップ力、コミュニケーション力、マネージメント力、そして新しい価値を作り出していく想像力といった諸能力ということになります。

 

しかし、人間しかできないもこうした諸能力の育成と教育は今まで戦前戦後を通じて長く日本で行われてきた偏差値育成の画一的教育とは大きく異なるものです。

 

創造力やリーダーシップ力といった諸能力は、明快に数量的に結果が判定できる「認知能力」ではなく、結果が数量的にはなかなか判定しづらい「非認知能力」ということになります。

 

この「非認知能力」を育成する教育が、これからの世界で求められているのですが、それではどうすれば育成されるのでしょうか?・・・・・

5年前に、アメリカ、スタンフォード大学では「講義は廃止すべし」という提案がなされ、その理由は「講義は時間の浪費だから」ということでした。

いま日本の教育界でもアクティブ・ラーニングという言葉が盛んに言われだしています。

現在、欧米の一流大学では講義中心の授業から【アクティブ・ラーニング】の授業形態が主流になりつつある。

実は日本の2020年教育大改革の目玉は【アクティブ・ラーニング】ということになります。

●アクティブ・ラーニングの定義すると
【教員による一方的な講義形式とは異なり、学習者の能動的な学習参加を取り入れた教授・学習法の総称。学習者が能動的に学習することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験、を含めた汎用的能力の育成を図る】

●実は生徒や受講者が記憶に残り脳裏に定着するかについて注目すべきデータがあります。
  1、聞いたとき    ⇒ 5%
  2、見たとき     ⇒10%
  3、聞いて見たとき  ⇒20%
  4、デモストレーション⇒30%
  5、話し合ったとき  ⇒50%
  6、体験したとき   ⇒75%
  7、教えたとき    ⇒90%

*次回はこれからの英語教育とアクティブ・ラーニングについてお話していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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