両親も相談したのだろう。4年生になると父の同僚の娘さん、という人が私と妹の勉強をみてくれることになった。いわゆる家庭教師である。妹のカンナは特に苦手な教科があった訳ではないが、全体としては中くらいの成績でどういうわけか体育だけがずば抜けていた。
 読書の好きだった私は学校の図書室に毎日のように通って図書主任のような先生とも顔なじみになった。次々と本を借りて読み耽り、空想の物語は増々膨らんでいった。
 算数はどんどん難しくなていったけれど、私は私なりにとにかく教科書を丸暗記する、というおよそ算数にはそぐわないようなやり方を編み出して低空飛行ながらもなんとか足掻いていた。母はこの頃パン屋ではなく歯科医院の受付の仕事に変わっていた。
 私を苦しめた関西からの転校生はまた関西へ戻ることになった。でも今度は彼の母親のみと一緒で、父親は横浜に残るのだという。なんとなく深い事情を聞いてはいけないのだ、という雰囲気がクラスに漂っていて詳しいことは私も最後まで知らず終いだったが、湿疹や震えに悩まされることはなくなった。