このブログで繰り返し述べているように、

正しい宗教とは、

「永遠なるお方」の表現である。

 

表現ということにおいては、

宗教と芸術は同じである。

 

芸術とは、

「自己表現」だと学校で教わったし、

実際、そう言われていることは確かである。

 

しかし、そのような概念は、

表現ということを学ぶには有益だが、

本当の芸術ではない。

 

もし、芸術とは自己表現だ、と確信し、

その自己を徹底的に追及していくと、

必ずそのような芸術家は、

精神を病む。

ひどいときには、自ら命を絶つ。

実際、そのような事例は山ほどあることは、

誰でも知っている。

 

なぜであろうか。

 

芸術が追及すべきものは、

自己ではないからだ。

自己は空しいものであり、

真実の実在ではない。

そんなものを追求していけば

いつか必ず暗闇の迷路に陥る。

 

そのような者が生み出した作品などは

狂気でしかない。

変わっている、インパクトがある、

などという評価は得ても、

人々から愛されることはない。

 

真実の芸術が追及すべきものは、

宗教と同じである。

 

つまり、「永遠なるお方」である。

 

真実の芸術家は、

宗教的にまではならないとしても、

神とか仏とか、永遠のお方だとか

そのようなことを口にしなくても、

また、考えもしなくても、

必ず、「永遠なるお方」の一端を

とらえているのだ。

本人が自覚しなくても、

永遠、絶対、無限という

「永遠なるお方」を見据えている。

 

そのような芸術家が

真実の芸術を生み、

見る者、聞く者の中に、

結果的に永遠なるお方の

生き生きとした息吹を与えることになり、

時代を超えて、

多くの人々に愛されることになるのだ。