ジェリーはスタジオが確定するとすぐさま機械好きもあってプレイ・スタジオとパインウッド・スタジオとのコミュニケーションをスムーズにするために当時まだ一般的ではなかったファックスを数台購入し円滑にした。
ちなみにファックスが一般化するのはこれよりも更に数年を必要とする。これはジェリーが如何に進んでいたか物語るであろう。
それに促してこの「スペース1999」の時の特撮技術は現在の特撮映画映像の先駆け的な存在である。
本作では宇宙での爆破シーンは一際違う方法で撮影された。従来の作品では標準のアングルで撮影されるために地球では爆炎が落下しても不自然ではないが宇宙空間では空気がないためにどうしても不自然に映る。そこで特撮監督ブライアン・ジョンソンが開発した技法が天井で爆発物を点火しそれを下から据えたカメラでとらえる方法である。
この方法では爆破は前方に向かっていくために今までのような不自然さはかなり解消されるのである。
更に宇宙船を操作する技術もひと工夫された。従来ではピアノ線で宇宙船のミニチュアを操作していたのだが、この作品ではそれは場面で必要な部分だけで大半の宇宙空間でのシーンはロッドに宇宙船を固定し撮影してそれを巻き戻し再度背景の星空の映像にスーパーインポーズするという方法が採用された。何故ならピアノ線の操作だけでは微妙にずれるために大気圏内ではGや空気抵抗があるためにそのようなことがあっても不思議ではないがこれが宇宙では煙が舞ったり宇宙船がぐらぐら動いてるのは不自然である。これは幾人の特撮マンがチャレンジしてその都度失敗していた表現であるからまさに画期的だったといえるであろう。




トラブルとはまずバーバラ・ベインが色白に見えるメイクが好みであったがマーチン・ランドーがカリフォルニアで焼いた肌をアピールしたがったために照明などの問題でテストは困難を極めたのであった。
二人はいわば対照的なアピールだったのでジェリーはランドーに肌を強調するために強いライトをベインには青白い肌を強調するための照明の仕方をした。だが、片方なら問題はなかったが一緒になると問題だったのであった。カメラチェックするためにニューヨークから来たエイブ・マンデルはこのテストに満足せずにジェリーのやり方にクレームをつける始末だった。
そこでジェリーもトップクラスの人間にベストを尽くしたと反論したが論争は終結せずにマンデルは主張を立証するために急遽ニューヨークオフィスに「スパイ大作戦」のフィルムを空輸してもらうように依頼した。
数日後、フィルムは届きジェリーとマンデルは二人が出演している「スパイ大作戦」の映像を確認した。
「こんな風に作ればいいんだよ」といい「君が雇ったカメラマンは解雇すればいいんだ」とジェリーに向かって言ったマンデルだったがそのカメラマンの当人であるフランク・ワッツから逆に「これは何年前に撮られたフィルムなんですか?」と逆に質問され文句を言うマンデルを沈黙させたのだった。
さて次に衣装のデザインにはルデイー・ジェーンレッヒが起用されムーンベース・アルファの中で孤立してしまう乗組員(アルファン)のユニフォームのデザインを行った。彼はトップレスの服をコレクションで発表したことでセンセーションを巻き起こしたデザイナーであった。
だがこれはジェリーには疑問の残る起用だったのだが、これは彼が起用することで宣伝効果が上がるというアメリカオフィスの主張だったのだ。
これにはジェリーの言い分も一蹴されることになった。しかし結局は完成したデザインは予想に反して素晴らしいものではなかったのでジェリーサイドが手を加えることとなってしまった。
「スペース1999」の第1シリーズ24本の殆どは月面基地に孤立状態となった隊員達の姿が描かれている。そうした設定は全て時間と予算の節約が関係しているわけだがジェリーはモデユール(規格化された建築材)を使用してセットの内部を作る提案をした。
ドアのついた壁などのセットの殆どはレゴブロックのように組替えが可能でありそれは数時間で組み立てや短時間で分解が可能だったという。
それらのデザインはボブ・ベルの助手だったキース・ウイルソンがデザインした。「サンダーバード」からボブのアシスタントとなったウイルソンはこの作品で漸く独り立ちしたのだ。これまでの「スカーレット」などの作品での努力はジェリーも知ってはいたし前作「プロテクター電光石火」の第3シリーズが中止されたことでボブを解雇したこともあったのだろう。
一方で特撮監督のデレク・メデイングスも「UFO」を終了後、解雇された後で「007シリーズ」の特撮監督になってしまったために依頼は不可能になってしまった。
そこで彼の助手であったブライアン・ジョンコックが務めることになった。彼はその頃はジョンソンと改姓しており「サンダーバード」の後、「2001年宇宙の旅」に参加するためにアンダーソン作品から去ってから実績を築いていた。
オファーも了解しデレクのアシスタント時代で築いた経験を基にイーグル宇宙船や様々なデザインの宇宙船、宇宙空間のセットのデザインを行った。



ITCサイドとしてはアメリカのネットワークに番組を売るためを目標と定めていたためにキャステイングが重要となった。
そこでジェリーはアメリカ人の役者を探し最初に主演男優候補のロバート・カルプに会った。
ジェリーはカルプの魅力を「アイ・スパイ」というヒット作品で知っていたために彼を高く評価していた。
そのことを本人に伝えようとしたもののジェリーの熱心な言葉を遮り「自分は名優であり優秀な監督で優秀な脚本家である」とナルシストよろしく捲し上げたために交渉は決裂し、彼の起用を諦めさるを得なかった。
「ドッペルゲンガ-」での監督の自分勝手さの経験もあってのことだろう。そこでエイブ・マンデルは提案したのは「スパイ大作戦」で共演したマーチン・ランドー、バーバラ・ベイン夫妻を主演候補のターゲットに定めた。
彼等の起用こそがアメリカのネットワーク販売の成功の鍵になるだろうとにらんだジェリーは早速ロサンジェルスに飛びビバリーヒルズ・ホテルで彼等に会う約束を取り付け、彼等の為に「ドッペルゲンガ-」の試写をセッテイングした。
そして二度目のミーテイングの際にジェリーはランドー夫妻の自宅に招かれて「スペース1999」の構想を彼らに説明する機会を与えられた。
そして二人はジェリーの「スペース1999」の構想を気に入った。そこでジェリーはロンドンに滞在中は綺麗な家を提供しロールスロイスもお使い下さいと最高の条件を付けた。
ジェリーは双方の仲介人が契約書の修正、ギャラの交渉状況を伝えるために数日間ロサンジェルスに滞在し、彼等のギャラの最終オファーが出た段階で、ルー・グレイドに判断を求め了解を得た。
交渉が好転の状況の中、契約する段階で突然ランドーの代理人が高額のギャラを要求してきたためにジェリーは狼狽した。
決定寸前のこのトラブルにエイブ・マンデルも破産を覚悟していたという。その時ロンドン時間午後11時であった。
ルーグレイドは九時に寝てしまうことはジェリー、エイブ二人とも判っていたのだがエイブは激怒覚悟で果敢にもグレイドに電話をする賭けに出たのだった。
結局はグレイドがその金額を支払うということでこの突然のトラブルは回避されたがジェリーはさすがに冷や汗ものだったという。
その後、間もなくランドーとベインがイギリスに到着すると彼等には不動産業者が見つけてきたリトル・ベニスにある邸宅と運転手付きのロールスロイス・シルバー・クラウドが提供された。彼らの家族もイギリスに連れてきたのだがジェリーは多忙のために彼等を接待する時間が余り持てなかったという。
そして彼等が到着すると同時にカメラテストが行われたがここでもトラブルが発生した・・・。