SUPERSUB 1963年)作品解説
1963年は特撮作品の新たなアプローチを与えられた年である。
前年に復活し驚異的なメガヒットとなったゴジラに代わり可能性の翼を広げ怪獣作品以外にあらゆるジャンルへのチャレンジが行われ多種多様の作品が生まれた。
戦記ものである「太平洋の翼」「青島要塞爆撃命令」、ファンタジーの「大盗賊」、ホラーの「マタンゴ」といったふうにおおよそあらゆるジャンルへ特撮作品は開花したのであった。
これらは必ずしもゴジラ映画のようにヒット作品ばかりではないが特撮映画の可能性の拡大という意味では有意義で昭和34年の時と同様に円谷監督がこれまで夢見ていた特撮映画の可能性が一気に実現した年であった。
さてこの年の締めくくりとしてまた新たにジャンルを開拓出来る作品の模倣が開始されその答えとなった作品が本作品である。
ゴジラなどの怪獣キャラクターではなしにまた別の新たなキャラクター創造を開拓する必要があった。
「ゴラス」に続く空想科学映画の最新作をどうするか?これにはかなり頭を悩ませ企画は一向に進まず日日は淡々と進んでいった。
そうした状況の中、田中友幸プロデューサーは子供の頃に読んだある作品の事を思い出した。
それは押川春浪の執筆した古典SF「海底軍艦」であった。
この作品は日本海軍が開発した電光艇と呼ばれる超兵器がロシア艦隊と戦うというストーリーで荒唐無稽な作品であるが日本SF史上パイオニア的な作品にも関わらずそれまで映像化の機会を逃していた。
それにこの作品は田中氏にとってフィクションへの道の指南となった感慨深い作品でもある。
それに作品に登場する最強の存在である電光艇の無敵のイメージは新たなる特撮キャラクターにはうっけづけの存在だ。
それまでスーパーメカニックを駆使した作品は「地球防衛軍」や「宇宙大戦争」があったもののメカを前面に押した作品は皆無でどちらかというとメカは脇役であった。
まさにその意味でもこの作品の映像化は新たなる特撮ジャンルを切り拓くのに最高の素材だったのである。
こうして製作は開始されたが企画が内定するまでにかなり急だった為に時間がなくいわば急遽決定した作品だった為にかなり現場では苦労したようだ。
まずこの原作を基に速筆を得意としていた関沢新一に脚本のオファーを出し原作通りのロシア艦隊を敵にする設定は止めて架空の存在であるムー帝国を敵に設定した。
関沢氏もこの原作は感慨深い作品だったようで本作品のシナリオを執筆するときに原作のコアな部分を抽出する方向で行ったという。
また敵の設定をムー帝國にしたのは原作にあるロシアという特定の国家を攻撃し軍事国家的に日本海軍を描写するのはやはり相応しくないとの判断で行われ明治時代の浪漫を抽出するのにはやはり架空の敵を設定することがベストだという判断であった。
それに基本設定も原作が執筆されたのは明治時代であり現代には相応しくない設定もあるために現代風にアレンジし海底軍艦そのものもドリルを装備した設定を残して原作では潜水艦であったのを当時最新鋭の軍事設定を加味しよりキャラクター性を増した設定にアレンジした。
またムー帝國という実在するかもしれない存在もまた嘗て繁栄を誇り瞬く間に海面に没した大陸を設定することで原作の持ち味の一つである浪漫主義的作品をより引き立てる効果を生んだのである。
さて、これらの設定を基に円谷監督は「地球防衛軍」などでお馴染みとなった小松崎茂氏にデザインワークを依頼し関沢氏の創造した秀逸な設定をこれ以上ないほどに見事に具現化した。
空を飛び海に潜行し地上を走る万能戦艦轟天号。
シンプルな中にも力強さをも感じさせる秀逸なフォルム、原作の基本たるドリルを装備した潜水艦を基本としそれにロケットの要素、戦車の要素をも加えた機能美、軍事的リアリティーも感じさせるまさに決定的なイメージの具現化といっても過言ではない。
ちなみに正月映画だからといってムーに続き怪獣キャラクターも追加され守護神として設定された怪獣マンダは当初大蛇のイメージだったのが翌年1964年は辰年ということで竜のイメージに変更されたそうだ。
さて、小松崎氏によってデザインされたキャラクター達は美術監督の渡辺明氏により更にアレンジが施されて轟天とムー潜水艦は入江義夫氏によって図面が引かれ郡司モデルクラフトがミニチュアを製作を担当し様々なサイズのミニチュアが作られた。
主役たる轟天号だけでも30センチ、1・5メートル、2メートルのものが各1隻、4.5メートルのものが2隻作られ場面によって使い分けておりこれは轟天の発進から浮上、上昇するシーンにおいてはそれが顕著に表れている。
また艦橋を収納し空を飛ぶシーンやムーの基地内部に潜入するシーンは主に4.5メートルのミニチュアをメインに使用し轟天の威圧感を表現するのに成功している。
またこの作品でも少ないながら「マタンゴ」で使用したオプチカルプリンターによる合成シーンが効果を発揮し甲板に整列し乗り込むシーンといった複雑な合成シーンを見事に表現しており轟天のキャラクター以外でも深みのある特撮シーンが続出したのである。
ただ日数がわずか2週間ということでしかも特撮シーンが多い作品だっただけに円谷監督もかなり苦労したことだろうし轟天の性能をフルに発揮したシーンが意外にも少なかったのは残念だったとしか言えないがそれでもムーの潜水艦を追跡したアメリカ海軍の潜水艦レッドサタン号が水圧で押しつぶされるシーンはこの作品ぐらいしか思い浮かばないほどの密度が高いシーンである。
また丸の内ビル街がムーの破壊工作で陥没するシーンも精密に作られておりしかも画面に叩きつけるような編集を施してまるで実際に地面に落下してしまうかのような実感が沸く見事さであった。
本多監督の演出も大日本帝國海軍とムーという2大亡霊国家(?)というある種共通した目的の存在を出しその対立や葛藤を描写することでドラマ的にも充実した作品でとりわけ轟天の艦長である神宮寺大佐やムー帝國の女帝は魅力的であった。
話を特撮シーンに戻すが本編では電子砲を発砲するシーンはないのだが実は撮影されていた。
東京湾でムー潜水艦と対峙するシーンにて電子砲が使われていて合成を加えて完成する予定が上映時間の制限でこのシーンは削除されてしまい合成シーンの追加もないまま終わってしまった。
このシークエンスは嘗て発売された「未使用フィルム集」というビデオ作品で見られるが残念ながら絶版となってしまい現在ではレンタルショップの在庫でしか見ることが出来ない。
ちなみに海外では「ATRAGON」のタイトルでアメリカAIPが配給しており1964年に海外公開されている。
ここで面白いのがドイツでのタイトルで何と「U-2000」のタイトルで本作品が公開されたことだろうか。
スタッフ
製作 田中友幸
原作 押川春浪
脚本 関沢新一
撮影 小泉一
美術 北猛夫
録音 上原正直
照明 小島正七
音楽 伊福部昭
整音 下永直
監督助手 梶田興治
編集 藤井良平
音響効果 金山実
現像 東京現像所
製作担当者 中村茂
特撮スタッフ
撮影 有川貞昌、富岡素敬
光学撮影 真野田幸雄、徳政義行
美術 渡辺明
デザイン 小松崎茂
ミニチュア造形 郡司模型
照明 岸田九一郎
合成 向山宏
監督助手 中野昭慶
製作担当者 小池忠司
キャスト
高島忠夫、上原謙、藤山陽子、藤木悠、田崎潤、佐原健二、小泉博、高田稔、小林哲子、平田昭彦、天本英世、田島義文、伊藤久哉、沢村いき雄、北あけみ、中村哲、長谷川弘、桐野洋雄、大友伸、坂本晴哉、中山豊、津田光男、宇野晃司、東宝芸能学校ほか
特技監督 円谷英二
監督 本多猪四郎
製作 東宝
東宝スコープ カラー94分
公開 1963年12月22日
同時公開 「香港クレージー作戦」
海外配給 AIP,1964年
1963年は特撮作品の新たなアプローチを与えられた年である。
前年に復活し驚異的なメガヒットとなったゴジラに代わり可能性の翼を広げ怪獣作品以外にあらゆるジャンルへのチャレンジが行われ多種多様の作品が生まれた。
戦記ものである「太平洋の翼」「青島要塞爆撃命令」、ファンタジーの「大盗賊」、ホラーの「マタンゴ」といったふうにおおよそあらゆるジャンルへ特撮作品は開花したのであった。
これらは必ずしもゴジラ映画のようにヒット作品ばかりではないが特撮映画の可能性の拡大という意味では有意義で昭和34年の時と同様に円谷監督がこれまで夢見ていた特撮映画の可能性が一気に実現した年であった。
さてこの年の締めくくりとしてまた新たにジャンルを開拓出来る作品の模倣が開始されその答えとなった作品が本作品である。
ゴジラなどの怪獣キャラクターではなしにまた別の新たなキャラクター創造を開拓する必要があった。
「ゴラス」に続く空想科学映画の最新作をどうするか?これにはかなり頭を悩ませ企画は一向に進まず日日は淡々と進んでいった。
そうした状況の中、田中友幸プロデューサーは子供の頃に読んだある作品の事を思い出した。
それは押川春浪の執筆した古典SF「海底軍艦」であった。
この作品は日本海軍が開発した電光艇と呼ばれる超兵器がロシア艦隊と戦うというストーリーで荒唐無稽な作品であるが日本SF史上パイオニア的な作品にも関わらずそれまで映像化の機会を逃していた。
それにこの作品は田中氏にとってフィクションへの道の指南となった感慨深い作品でもある。
それに作品に登場する最強の存在である電光艇の無敵のイメージは新たなる特撮キャラクターにはうっけづけの存在だ。
それまでスーパーメカニックを駆使した作品は「地球防衛軍」や「宇宙大戦争」があったもののメカを前面に押した作品は皆無でどちらかというとメカは脇役であった。
まさにその意味でもこの作品の映像化は新たなる特撮ジャンルを切り拓くのに最高の素材だったのである。
こうして製作は開始されたが企画が内定するまでにかなり急だった為に時間がなくいわば急遽決定した作品だった為にかなり現場では苦労したようだ。
まずこの原作を基に速筆を得意としていた関沢新一に脚本のオファーを出し原作通りのロシア艦隊を敵にする設定は止めて架空の存在であるムー帝国を敵に設定した。
関沢氏もこの原作は感慨深い作品だったようで本作品のシナリオを執筆するときに原作のコアな部分を抽出する方向で行ったという。
また敵の設定をムー帝國にしたのは原作にあるロシアという特定の国家を攻撃し軍事国家的に日本海軍を描写するのはやはり相応しくないとの判断で行われ明治時代の浪漫を抽出するのにはやはり架空の敵を設定することがベストだという判断であった。
それに基本設定も原作が執筆されたのは明治時代であり現代には相応しくない設定もあるために現代風にアレンジし海底軍艦そのものもドリルを装備した設定を残して原作では潜水艦であったのを当時最新鋭の軍事設定を加味しよりキャラクター性を増した設定にアレンジした。
またムー帝國という実在するかもしれない存在もまた嘗て繁栄を誇り瞬く間に海面に没した大陸を設定することで原作の持ち味の一つである浪漫主義的作品をより引き立てる効果を生んだのである。
さて、これらの設定を基に円谷監督は「地球防衛軍」などでお馴染みとなった小松崎茂氏にデザインワークを依頼し関沢氏の創造した秀逸な設定をこれ以上ないほどに見事に具現化した。
空を飛び海に潜行し地上を走る万能戦艦轟天号。
シンプルな中にも力強さをも感じさせる秀逸なフォルム、原作の基本たるドリルを装備した潜水艦を基本としそれにロケットの要素、戦車の要素をも加えた機能美、軍事的リアリティーも感じさせるまさに決定的なイメージの具現化といっても過言ではない。
ちなみに正月映画だからといってムーに続き怪獣キャラクターも追加され守護神として設定された怪獣マンダは当初大蛇のイメージだったのが翌年1964年は辰年ということで竜のイメージに変更されたそうだ。
さて、小松崎氏によってデザインされたキャラクター達は美術監督の渡辺明氏により更にアレンジが施されて轟天とムー潜水艦は入江義夫氏によって図面が引かれ郡司モデルクラフトがミニチュアを製作を担当し様々なサイズのミニチュアが作られた。
主役たる轟天号だけでも30センチ、1・5メートル、2メートルのものが各1隻、4.5メートルのものが2隻作られ場面によって使い分けておりこれは轟天の発進から浮上、上昇するシーンにおいてはそれが顕著に表れている。
また艦橋を収納し空を飛ぶシーンやムーの基地内部に潜入するシーンは主に4.5メートルのミニチュアをメインに使用し轟天の威圧感を表現するのに成功している。
またこの作品でも少ないながら「マタンゴ」で使用したオプチカルプリンターによる合成シーンが効果を発揮し甲板に整列し乗り込むシーンといった複雑な合成シーンを見事に表現しており轟天のキャラクター以外でも深みのある特撮シーンが続出したのである。
ただ日数がわずか2週間ということでしかも特撮シーンが多い作品だっただけに円谷監督もかなり苦労したことだろうし轟天の性能をフルに発揮したシーンが意外にも少なかったのは残念だったとしか言えないがそれでもムーの潜水艦を追跡したアメリカ海軍の潜水艦レッドサタン号が水圧で押しつぶされるシーンはこの作品ぐらいしか思い浮かばないほどの密度が高いシーンである。
また丸の内ビル街がムーの破壊工作で陥没するシーンも精密に作られておりしかも画面に叩きつけるような編集を施してまるで実際に地面に落下してしまうかのような実感が沸く見事さであった。
本多監督の演出も大日本帝國海軍とムーという2大亡霊国家(?)というある種共通した目的の存在を出しその対立や葛藤を描写することでドラマ的にも充実した作品でとりわけ轟天の艦長である神宮寺大佐やムー帝國の女帝は魅力的であった。
話を特撮シーンに戻すが本編では電子砲を発砲するシーンはないのだが実は撮影されていた。
東京湾でムー潜水艦と対峙するシーンにて電子砲が使われていて合成を加えて完成する予定が上映時間の制限でこのシーンは削除されてしまい合成シーンの追加もないまま終わってしまった。
このシークエンスは嘗て発売された「未使用フィルム集」というビデオ作品で見られるが残念ながら絶版となってしまい現在ではレンタルショップの在庫でしか見ることが出来ない。
ちなみに海外では「ATRAGON」のタイトルでアメリカAIPが配給しており1964年に海外公開されている。
ここで面白いのがドイツでのタイトルで何と「U-2000」のタイトルで本作品が公開されたことだろうか。
スタッフ
製作 田中友幸
原作 押川春浪
脚本 関沢新一
撮影 小泉一
美術 北猛夫
録音 上原正直
照明 小島正七
音楽 伊福部昭
整音 下永直
監督助手 梶田興治
編集 藤井良平
音響効果 金山実
現像 東京現像所
製作担当者 中村茂
特撮スタッフ
撮影 有川貞昌、富岡素敬
光学撮影 真野田幸雄、徳政義行
美術 渡辺明
デザイン 小松崎茂
ミニチュア造形 郡司模型
照明 岸田九一郎
合成 向山宏
監督助手 中野昭慶
製作担当者 小池忠司
キャスト
高島忠夫、上原謙、藤山陽子、藤木悠、田崎潤、佐原健二、小泉博、高田稔、小林哲子、平田昭彦、天本英世、田島義文、伊藤久哉、沢村いき雄、北あけみ、中村哲、長谷川弘、桐野洋雄、大友伸、坂本晴哉、中山豊、津田光男、宇野晃司、東宝芸能学校ほか
特技監督 円谷英二
監督 本多猪四郎
製作 東宝
東宝スコープ カラー94分
公開 1963年12月22日
同時公開 「香港クレージー作戦」
海外配給 AIP,1964年