久しぶりに福島第一の現場に記者の取材が入った記事が出た。

 

少しは期待してみてみたのだが、どうやら東電が主催した記者向けの広報ツアーだったようで、書かれた内容は、ただただ東電説明の紹介記事でしかなかった。ゲロー

 

これじゃ、小学生の学校新聞のちびっこ記者の方が、よっぽど立派だ、と正直思ってしまう。

わざわざ現場見らないでも東電配布資料を見て書けるよう内容だな内容だ。

 

事前にチャント問題点など調べて行くみたいな常識さえ、もはや持ち合わせてもいないのだろう。

何のために記者になったんだろうか?

 

せっかくなんで、ダメっぷりを紹介しておく。

 

(以下、上記からの引用は「」で紹介する。

 

最初に紹介されているのは、1号機の鉄骨むき出しの建屋だ。

 

「・・・事故から13年以上たつが、1号機は原子炉建屋上部の鉄骨がむき出しになっている上、現在も大量のがれきが残る。

現場では、金属を削るような高い作業音が響いていた。建屋を覆う大型カバーの設置に向けた工事が進められている最中だった。

 カバーは、がれきを撤去する際に、放射性物質を含んだダストの飛散を防ぐ役割を果たすという。

 建屋上部は放射線量が高く、「人が長時間作業することはできない」と同行した東電社員から説明を受けた。・・・」以上。

 

 

不思議に思うのは、

建屋上部は放射線量が高く、「人が長時間作業することはできない」と説明されている状況が13年以上も続いていて、鉄骨だけじゃなくデブリもむき出しで湧き水などの冷却水に常時さらされているのに、水蒸気などで放射性物質は実際上は大気中に放出されるままになっていると思うのだが、そこまで頭は回らないらしい。

 

正常運転中でも、大気についての排出基準があるのに、事故った原子炉が大気中になにも放出してないということなどありえない話なんだけど、誰もその点を追求しないのは何故だろう?

 

そもそも、建屋を覆う大型カバーの設置を進めるわけなんだけど、それは、がれきを撤去する際に、放射性物質を含んだダストの飛散を防ぐ役割を果たすという・・という説明を鵜呑みにしているだけ。

今の状況で、放射性物質が何も放出されていないと何故考えられるのか、私には理解不能な脳みそしかないようだ。

 

 

次はデブリの取り出しについてだが、これまた東電説明の紹介のままだ。

 

「・・・2011年の事故では、1~3号機で核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)が起きた。その際にできた核燃料デブリは、計約880トンと推定されている。

 東電は全量を取り出す計画で、ロボットなどを用いて調査を行っている。だが、担当者は「実際どのくらいの量なのか、正直わからない」と明かした。

 デブリの試験的な取り出しは、今年8~10月に着手する方針だ。前例のない回収作業に向け、国内外の知見を集めながら試行錯誤し、取り出しを行う装置を開発しているという。

 すべてのデブリを取り出した上で、2041~51年に廃炉を完了させる。東電はそうした道筋を描いている。・・・」以上

 

ここで聞くべきことは、

最低でも51年までに廃炉を完成させる計画ならば、880トンもあるという取り出したデブリを含んだ高濃度汚染物質を、一体どこにどのようにして保管・処分するかということだ。

あと17~27年後に、それが担保できないのであれば、絵に描いた餅にすぎないことはバレバレなんだけど、そこもまた誰も聞かないんだよなあ?

 

 

 

ちなみに、以下の福島民報の報道でも、

 

 

「・・・東京電力福島第1原発で行き場を失っている放射性廃棄物は、原子炉内に残る溶融核燃料(デブリ)や汚染水の浄化過程で生じる汚泥(スラリー)のような強い放射線を出す廃棄物にとどまらない。

東電は敷地内を襲った津波や原子炉建屋の水素爆発で壊れたコンクリート、配管などといったがれき類、作業員が着けた保護衣・手袋など、放射線量の比較的低い廃棄物を構内で大量に保管している。

これら低線量の放射性廃棄物も、廃炉作業の進展に従って増え続けている。・・」以上

 

と、放射性廃棄物の保管に苦悩していることが書かれている。

 

実際現状でも、ALPS処理で出る廃棄物なども含めてその保管場所に困っている状況で、取り出したデブリを含む高濃度の廃棄物を一体どのようにして処分することができると考えているんだろう?

 

誰か知っていたらぜひ教えて欲しい。

 

 

 

次の汚染水の海洋投棄についてはさらりと東電説明通りを紹介している。

 

そこには「処理水」と言いながら、トリチウムと言う放射性物質については結局処理できないまま、全量を海洋投棄しているという事実の指摘さえない。

 

「・・・タンクの数は1000基以上に上り、核燃料デブリを冷やした後の汚染水を浄化処理した「処理水」が入っている。多数のタンクが廃炉作業に必要な設備のスペース確保を妨げるとして、東電は昨年8月に処理水の海洋放出を始めた。

 取材した時には、6回目の放出が行われていた。処理水海洋放出は、廃炉完了まで続く見通しだという。・・」以上

 

 

笑えるのは、最後に、再稼働を目指す柏崎刈羽原発の対策の紹介で終わっている、ということだ。

 

「・・・柏崎刈羽原発では、福島第一原発事故の教訓を生かし、自然災害などの発生に備えた「多重」かつ「多様」な対策を施している。電源対策を例に挙げると、外部からの電源供給が途絶えた場合に備えて、既存の非常用発電機に加え、構内の高台に電源車やガスタービン発電機車を配備する。

 福島第一原発は2011年3月の東日本大震災時、地震で外部からの電力供給が絶たれた上、津波で非常用電源も使えなくなった。電源を失ったことで核燃料を冷やせなくなり炉心溶融(メルトダウン)を招いた。

 柏崎刈羽原発の電源対策はこうした事態への反省を踏まえたもので、事故を二度と起こさないために導入された新規制基準に沿っている。」以上

 

 

「柏崎刈羽原発では、福島第一原発事故の教訓を生かし、・・・・・・事故を二度と起こさないために導入された新規制基準に沿っている。」

と紹介するだけで、終わりなのだった。_| ̄|○ナンジャコリャ?

 

もう何がしたかったがよくわかる、マスコミ記者ご招待のバスツアー。

そして、記者は東電のスピーカーに変身したのだった。チャンチャン。

 

 

本当にそれでいいのか?

 

電源対策が二重三重だから安心なのか?

 

能登地震では、びっくりするような段差もできた、液状化もあった。

 

万一、燃料棒の冷却保管プールが亀裂ができて漏水やパイプの破断等で水を失ったらどうするんだ?

メルトダウンしちゃうと思うけど?

電源あってもどうしようもないんじゃない?

 

結局は、柏崎刈羽原発再稼働のためのマスコミ懐柔のための広報ツアーでしかなかったわけで、それに能天気に参加して期待通りの提灯記事を書くしか能のない記者だったというわけだ。

まあ、読売の記者だが、他の記者たちはどんな記事書いたんだろうね。

 

まさか、日当までは出てないだろうが、これが常態化して大政翼賛会状況になれば、現地で宴会付きとかもあってもおかしくないような気さえする。

 

 

以下のような、自民党原発推進派大臣の発言もあるけど・・

マジで、こんな考えの連中が推進してきて、何の反省もなくまた推進している原発は本当に大丈夫なんですかね?

 

 

「・・・参加者の雰囲気が少し変わったのは、今年1月1日の能登半島地震について触れたときだった。

 被災地を気遣った支援者が、「大変な被害だった」と水を向けると、12月中旬まで原子力発電所を所管する経産相だった西村氏は、能登半島の被災者をないがしろにするようなことを口にした。

 

 「原発反対したんや、珠洲は原発に。反対したんや。(被災地に行くのに)金沢市から2時間半くらいかかる」 

 

 能登半島の先端にあり地震と津波で甚大な被害を受けた石川県珠洲市には原発の建設計画があったが、住民の反対運動などにより、2003年に電力会社が計画を凍結した。

 西村氏の発言は、原発に反対したから交通アクセスが悪いままになっている、さらには、原発に反対したから復興が進まないという趣旨にも受け止められる。

 

  支援者から、「(原発を建設していれば地震で)ヤバかった?」と疑問の声が出たが

 

 「能登半島の地震は1000年に1回や。なんべんもくるもんやない、1000年に1回や。原発作ったらええ」

 

と、原発計画凍結を悔しがる様子だった。…」以上

 

 

本音丸出しの、読んでいて面白い、かつ、気分の悪くなるような記事です。

 

1000年に1回が明日かもしれない?というのは、貧乏人の取り越し苦労なんでしょうね。

自分たちはいつでもどこへでも逃げられる、特権階級のお金持だものねえ・・ムキー