皆様、ご機嫌YOです!

 

数年前に起きた日大アメフト部の悪質タックル問題については、皆様おそらく覚えておられるかと思います。

この問題はまさに日本の組織に未だ残っている悪しき体質が生み出した一件であり、その体質は忌むべき旧帝国の時代に培われたものなのです。

 

今回は日大アメフト部の悪質タックル問題とその調査報告書を通じて、未だ日本社会に蔓延る旧帝国時代の悪しき体質について一緒に考えていきましょう。

この問題の事後対応については、監督とコーチに強いられたとは言え悪質タックルをした学生が実名と素顔を晒したうえで誠意ある謝罪をしたのに対し、監督やコーチ・日大は終始後手後手に回り全く誠意を見せませんでした。

その結果、加害学生は誠意を認められ世間と被害者に許されたのに対し、日大や監督連中は大炎上し監督とコーチは追放されると言う残当な結末を迎えました。

 

なお、悪質タックルをした選手は自分の罪を許せず一度はアメフトの道を断念しようとしましたが、最終的に周りの支えで選手に復帰して副キャプテンとしてチームを支えました。後に社会人アメフト選手として活躍するに至ったのはせめてもの救いと言うべきでしょう。

 

無論、それには彼の誠意をもって自分の罪に向き合う姿勢があってこそです。これは追放されてからも自己正当化を繰り返した元監督・コーチとは好対照と言えます。

 

 

以上、今回は日大悪質タックル問題のお話でした。

まあ、日大とアメフト部の悪夢はまだまだ続くんですがね!

皆様、ご機嫌YOです!

 

以前南北朝合一後の、南朝のその後の話を覚えていますか?

戦国時代に歴史の狭間に消え去ったと思われた後南朝。しかしその流れは生き残っていたのです。

…戊辰戦争の時代を経て現代まで!

 

今回は、誰も知らない幕末期以降の後南朝がどう歴史に影響を及ぼしたのかを見ていきましょう。

奥羽列藩同盟があの恩知らずに対抗する為に、南朝の末裔も引っ張り出していた事は不勉強ながら知りませんでした。

それにしても、偽装で作ったものとは言え一応南朝の末裔である人物の陵墓を平然と暴くところからも、尊攘テロリスト共が全く尊皇の精神を持っていない事がわかりますなあ。

皆様、ご機嫌YOです!

 

戊辰戦争において長岡藩は不義の軍相手に善戦するも敗れ、実質的な総大将である河井継之助も会津に逃れる途中で戦傷が元で陣没します。

しかし、長岡の魂はまだ死んではいませんでした。今回の主人公となる山本帯刀は会津へ逃れると、不義の軍に対して捲土重来を図ろうとします。しかし、それも西軍の物量作戦には敵わず、彼は捕えられ節を曲げず処刑されました。

 

今回は山本帯刀の戦いぶり、そしてその所縁の地を巡る動画にて彼の義の魂を感じて頂きたいと思います。

帯刀の死をもって山本家は一旦断絶しますが、周りの人の尽力により高野家から養子が入り山本家は再興されます。

その養子こそ…先の大戦で活躍した山本五十六その人です。