空手に関わる思い出話です

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私が空手に始めて出合ったのは社会人になってからです。仕事を始めて体力無さを痛感した私は、空手の稽古を見学する機会にめぐまれ、すっかり魅了されてしまい、押しかけ入会をしたわけです。そんなむちゃくちゃな私を快く受け入れてくださった先輩方。年齢は30代から40代の方々で皆さんプロのミュージシャンです。


長髪、金髪、モヒカンで、いかつい顔の方々でしたのでサラリーマンじゃないって事はわかっていましたが、芸能関係のお仕事をされているとは伺うまで知りませんでした。おっかない外見の自分達にに恐れることなく近づいてきた奇妙なちびっこに、先輩方も始めはコネを狙っての接触か!と身構えたようです。


先輩方も色々な事情があり格闘技を始めたようですが、楽器を演奏するお仕事を続けながら、空手の有段者になるのは大変だったことと思います。年齢は私よりだいぶ上の方々でしたが、お仕事柄なのか世間知らずのところが多々あり、時には少年のように無邪気で純粋な一面も。無茶で恐ろしい一面もありましたが。。。


私が入会して一年がたつ頃には、特に宣伝をしたわけではないのですが、紹介や私のように飛び込みで入会してくる方もいたりして、私を含め10名位の道場生が稽古をしていたと思います。私の稽古を見て入ってきてくれた女の子もいて、うれしかったです。皆初心者でしたので稽古日以外でも集まってわからないところを復習したり研究したり、仲間の存在は本当に貴重でした。


道場生は全員社会人でそれぞれお仕事が忙しく、時間を作るのは難しかったのですが、毎年12月のクリスマス近くにはクリスマスパーティを開くのが恒例行事でした。予算を決めて各自用意したプレゼントを交換したり、果てしなくエンドレスで飲み続けたり、今では楽しい思い出です。


スタジオを借りてスタートした空手稽古でしたが、短い期間ですが専用道場を持てることになり正式に空手道場としてスタートできることになりました。その年のクリスマス、道場開きをかねて道場でパーティーを開きました。道場にシートをひいて車座になって座ります。みんな楽しそうです。


「あったかいものたべたーい。」

先輩のリクエストに答えるべく、女性陣でなべの準備。自宅からカセットコンロを持ち寄って土鍋も3個用意しました。


「うどんたべたぁーい。」

急いでスーパーに買出しです。


「春菊いれないでぇー」

酔っ払ってるくせにうるさいんです。はいはい入れませんよと言いながらこっそり入れます。


普段いくら飲んでもぐでんぐでんにはならない先輩方ですが、その日は”ホーム”な感覚があったからでしょうか、珍しくろれつが回らず巻き舌になってきています。ごろごろと横になるメンバーも出てきて、酔っ払って赤ベコのような顔色の先輩がサンドバックにとび蹴りをしていたり、違う場所では酔っ払い同士の関節技の稽古が始まっています。お酒を飲めないのは私1人です。先輩が蹴り倒した酒瓶を急いで片付け、雑巾をもって飛び回ります。そうこうするうちに仕事が終わった道場生が差し入れをもって駆けつけました。


かわえび。。


調理してーと渡された差し入れは生の川海老でした。


どーすんのこれ!、生の川海老を調理したことはありません、と言うか見るのもはじめてかも。ほかの女性メンバーも酔っ払っていて助けを求められません。ええーっ!


川海老の入った発砲スチロールを持ったまま立ち尽くしていると。両眉をそり落としたおっかない顔のO先輩が、「土鍋、油。」寝転んでいた身体を起こしてつぶやきました。いそいで土鍋を洗い、カセットコンロにセットします。油を注いでどうやら素揚げにするようです。


O先輩の色黒の顔は、酔っ払ってこげ茶色です。さっきまで酔拳みたいになっていたけれど大丈夫でしょうか、油の中にダイビングしないか、ひやひやして見守ります。油があったまってきたようです、するとO先輩が身体をおこして立ひざ姿になりました。気がつくと長い髪はきちんと後ろで縛られています。


「油はねるから離れときなさい。」

「はい!」


見事な手際でおいしそうな川海老の素揚げが出来上がっていきます。酔っ払っているのにさっさと調理をするO先輩の後姿はごっついお母さんのようです。出来上がったところをすぐに塩を振ってみんなでいただきました。揚げたての川海老は本当においしかったです。


川海老は沢山あったので、O先輩はずっと揚げ続けてくださいました。何年も前の事ですが、毎年クリスマスが近づくとおいしかった川海老と、両膝をぴったりつけた立膝で調理していたO先輩の後姿を思い出します。