「もう立ち直った」と思っていたのに

 新しい家族を迎えて半年が経ちました。毎日がにぎやかで、楽しいことも増えました。「ああ、少し前に進めたな」と感じることも多くなりました。 でも先日、ふとした瞬間に前の子のことを思い出して、胸がしんとしました。 特別なきっかけがあったわけではありません。新しい子が窓辺で同じような格好で寝ていたとき。散歩中に前の子がよく立ち止まって匂いを嗅いでいた場所の前を通ったとき。 「もう大丈夫だと思っていたのに」という戸惑いが、少しありました。 

 

グリーフの「再燃」は異常ではない

 心理学では、こうした現象をグリーフの再燃(Grief Burst)あるいは記念日反応(Anniversary Reaction)と呼びます。 回復が進んでいても、特定の感覚的なきっかけ——匂い、音、景色、季節の変わり目、特定の日付——によって悲嘆が再び鮮明に呼び起こされることがあります。これは回復が後退したわけではなく、記憶と感情が結びついている証拠です。 むしろ研究が示すのは、「完全に忘れること」が回復ではないということです。 

 

継続的絆理論(Continuing Bonds)という考え方 

かつての悲嘆研究では、「亡くなった存在から気持ちを切り離すこと(脱愛着)」が回復の目標とされていました。しかし1990年代以降の研究によって、この考え方は大きく転換しています。 キャシー・クラス(Klass)らが提唱した継続的絆理論では、亡くなった存在との絆を「終わらせる」のではなく、形を変えながら「続けていくこと」が、健全な悲嘆のプロセスであるとされています。 「心の中に生き続けている」という感覚は、病理ではありません。それは愛着が持つ本質的な力です。 ふとしたときに思い出す。胸がしんとする。涙が出る。それは「まだ立ち直れていない」のではなく、その存在があなたの人生に深く刻まれているということです。 

 

思い出すことが「供養」になる 

私自身の体験として、新しい子と生活する中で前の子をよく思い出します。 「あの子はこういうとき、こうしていたな」「この子はあの子と違って、こんな反応をするんだな」——比べることも含めて、前の子を思い出すことが日常の中に自然に織り込まれていきました。 これは悲しいことではなく、前の子が今の生活の中にも確かに存在し続けているということだと感じています。思い出すたびに「また会えた」という感覚に少しずつ近づいてきた気がします。 

 

「思い出す自分」を責めないために 

「もう新しい子がいるのに、前の子を思い出して涙が出るのはおかしいのかな」と感じている方がいたら、どうかそんな自分を責めないでほしいと思います。 二つの命を同時に愛することは、何も矛盾しません。新しい命への愛が深まることと、前の子への思いが続くことは、どちらかを消さなければ成り立たないものではないのです。 愛は足し算です。

 

 悲嘆が「再燃」し続けるとき 

ただ一つ、正直に添えておきたいことがあります。 グリーフの再燃が頻繁で強く、日常生活への影響が長期間続く場合は、一人で抱えずに専門家に相談することを考えていただければと思います。「これくらいで相談してもいいのかな」と思うような段階でも、話を聞いてもらうだけで楽になることがあります。 ペットロスに関するご相談は、カウンセリングルーム結でも対応しています。 

 

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「1年経てば楽になる」は本当か

ペットを亡くした方からよく聞かれることがあります。「1年経てば、少しは楽になりますか?」と。

私自身、12年間家族として一緒に過ごしたトイプードルを亡くして、もうすぐ1年が経とうとしています。心理の専門家として、そして当事者として、この問いに今だからこそ正直に答えてみたいと思います。

 

変わったこと、変わらなかったこと

1年前と今を比べると、確かに変わったことがあります。

あの頃は、朝起きるたびにいないことを思い知らされるような感覚がありました。ごはんの準備をしようとして手が止まる。家に帰ってももうそこには居ない・・・。そういった日常の中の感覚が、今はずいぶん少なくなりました。

 

今でも、ふとした瞬間に思い出すことがあります。新しく迎えた子が同じような仕草をしたとき。前の犬とは晩年になるまで,夜も一緒に布団で寝ていました。新しい犬は,飼い主と一緒に寝ると犬にとってはストレスになるということを動画で知り,夜一緒に寝ることはしていませんが,時々一緒に昼寝をする時などふと思い出します。

「あ、そういえば」と胸の奥がしんとする感覚は、1年経った今も変わらずそこにあります。

それがなくなることが「回復」だとは、私はもう思っていません。

 

悲嘆研究が示す「1年」という節目

心理学・精神医学の研究では、ペットロスを含む悲嘆反応において、「1年」という時間は一つの意味ある節目として捉えられています。

それは「1年で悲しみが終わる」からではありません。四季がひと巡りすること——一緒に過ごした春・夏・秋・冬をそれぞれ「初めて一人で迎える」という体験を通じて、悲嘆のプロセスが一段階進むとされているからです。

「去年の今頃はまだいたのに」という感覚を持ちながら季節を渡ることは、決して後退ではありません。それは悲嘆を丁寧に生きているということです。

 

「1年経ったのにまだ悲しい」と感じている方へ

1年という節目を迎えて、「もうそろそろ立ち直らなければ」「いつまでも引きずっているのはおかしいのかな」と感じている方もいるかもしれません。

でも悲嘆に「いつまで」という期限はありません。特に長年を共に過ごしたパートナーであれば、1年で「終わる」ほうが不自然とも言えます。

「まだ悲しい自分」を責めないでください。それだけ深く愛した、ということです。

一方で、1年以上経っても日常生活に著しい支障が続いている場合——眠れない、食べられない、外に出られない、死にたいという気持ちが出てくる——は、複雑性悲嘆として専門家への相談を考えていただく目安になります。

 

次回予告

1年という節目を経て、今私の家には新しいトイプードルの子がいます。新しい命を迎えることへの迷い、そして「前の子と比べてしまう」という正直な気持ちについて、次回お伝えします。

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「催眠」と聞いて何を思い浮かべますか

テレビのバラエティで見る「あなたは眠くなる……」というように催眠というと、こうしたエンターテインメントのイメージを持つ方が多いかもしれません(古典的催眠,直接催眠と呼ばれたりもします)。

しかし臨床の世界では、催眠は100年以上の歴史を持つ心理療法の一形態として、真剣に研究・実践されてきました。今回はトラウマシリーズの特別編として、ヒプノセラピー(催眠療法)をテーマにお届けします。

私自身は当カウンセリングルームではヒプノセラピーを実施していませんが、かつて日本医療催眠学会の理事として専門家同士が研鑽を積む場に関わってきた経緯から、この領域について一定の知見を持っています。今回はその視点からお伝えします。

 

催眠とは何か――その科学的な理解

臨床催眠とは、高い集中と注意の集中状態(トランス状態)を意図的に誘導し、その状態を治療的に活用する技法です。

神経科学的な観点から見ると、催眠状態では前頭前野(合理的判断を司る部位)の活動が変化し、デフォルト・モード・ネットワーク(自己参照的な思考に関わる神経回路)の活動パターンが通常と異なることが脳画像研究で示されています。つまり催眠は「思い込みや演技」ではなく、脳の実際の機能的変化を伴う状態であることが、現代の神経科学によって裏付けられつつあります。

催眠感受性(ハイプノタイザビリティ)には個人差があり、すべての人が同じ深さのトランス状態に入れるわけではありません。これも重要な事実として押さえておく必要があります。

 

エビデンスの現状

臨床催眠のエビデンスは、対象とする問題によって蓄積の程度が異なります。

比較的エビデンスが整っているのは、慢性疼痛・過敏性腸症候群・不安障害・禁煙などの領域です。メタ分析でも催眠の補助的な効果が示されており、米国心理学会(APA)の第30部会(心理催眠部会)は催眠を正式な心理的介入として認めています。

PTSDやトラウマへの適用については、エビデンスはまだ発展途上ですが、有望な予備的知見が蓄積されてきています。

特に複雑性トラウマや解離を伴うケースへの適用可能性が注目されており、これはEMDRシリーズでも触れた「単回性トラウマと複雑性PTSDの違い」と深く関わってくるテーマです。

 

自我状態療法――解離とパーツへのアプローチ

トラウマ治療の文脈で特に重要なのが、**自我状態療法(Ego State Therapy)です。

自我状態療法は、ジョン・ワトキンスとヘレン・ワトキンス(John & Helen Watkins)によって開発されました。人格は単一の固定した存在ではなく、複数の「自我状態(パーツ)」から構成されているという考え方に基づきます。

これは第10回でお伝えした構造的解離モデルとも重なります。複雑性PTSDや解離性同一症(DID)では、パーソナリティが「日常生活を送るパーツ」と「トラウマを保持するパーツ」に分かれている状態が生じています。自我状態療法では、催眠状態を活用して各パーツに直接語りかけ、関係を築き、パーツ間の対話を促し、最終的な統合を目指します。

コラムで述べた自己観——「自己(わたし)とは固定された実体ではなく、多層的に広がり、常に生成し続けるプロセスである」——という視点は、まさに自我状態療法の人間観と深く響き合うものがあります。「わたし」が複数のパーツから構成されているとすれば、各パーツに丁寧に関わることが回復への道になる、という考え方は自然な流れと言えるでしょう。

解離性同一症(DID)の治療においては、現在も催眠を用いたアプローチが国際解離学会(ISSTD)のガイドラインに取り上げられており、専門的な訓練を受けた治療者による慎重な実施のもとで有効な場合があるとされています。

 

退行催眠――過去の記憶へのアクセス

退行催眠(Hypnotic Age Regression)とは、催眠状態において意識を過去の特定の時点に「戻す」ように誘導する技法です。

臨床的な退行催眠は、幼少期のトラウマ体験にアクセスしたり、症状の起源となった出来事を再体験・再処理したりすることを目的として用いられます。

ただしここでは科学的に重要な注意点も述べる必要があります。催眠状態での記憶は、必ずしも客観的な事実を正確に再現するわけではないという点です。催眠は記憶の鮮明さを高める一方で、「偽りの記憶(False Memory)」が形成されるリスクも高めることが研究で示されています。つまり、催眠中に「思い出した」ことが実際に起きた出来事とは限りません。

この点については専門家の間でも議論があり、特に法的文脈(犯罪被害の証言など)における退行催眠の使用には慎重な姿勢が求められています。治療的文脈においても、「記憶の真偽」よりも「今ここでの象徴的・感情的な体験の処理」として位置づける視点が重要です。

 

前世療法――その可能性と立ち位置

さらに踏み込んだ話題として、前世療法(Past Life Regression Therapy)があります。

前世療法は、催眠状態において「前世」の記憶や体験にアクセスするという形式をとる療法です。精神科医ブライアン・ワイス(Brian Weiss)の著書『Many Lives, Many Masters』(邦題『前世療法』)は世界的なベストセラーとなり、この領域への関心を広げました。

科学的な立場から言えば、「前世が実際に存在する」かどうかは検証できません。これは心理学・医学が答えを出せる問いではなく、信仰・哲学・スピリチュアリティの領域に属するものです。

しかしながら、臨床的な観点からは別の見方が可能です。前世療法のセッションで体験される「前世の記憶」は、現在の症状や感情のパターン・対人関係の葛藤・身体症状などと結びついた象徴的・隠喩的な体験として機能することがあります。「前世」という枠組みが、現在の自己を俯瞰し、意味を再構成するための心理的な物語として働くという見方です。

ここで改めてコラムの自己観に立ち戻るなら、「自己はトランスパーソナルな次元にも及ぶ広がりを持つ」という視点は、前世療法のような体験と真剣に向き合う際の一つの理論的支えになりえます。「前世が本当にあるかどうか」という問いを保留しながらも、そこで体験されることが持つ心理的・治療的な意味を丁寧に見ていく姿勢は、臨床家として誠実なアプローチではないかと私は考えます。

 

日本医療催眠学会での学びから

私はかつて日本医療催眠学会の理事として、催眠療法を専門とするセラピストたちと研鑽を重ねる機会を得ました(同学会は2025年度をもって解散)。

そこで感じたのは、催眠療法を真剣に実践している専門家ほど、「催眠は万能ではない」という謙虚さと、「それでも確かに変化が起きる」という確信の両方を持っているということでした。科学的なエビデンスと臨床的な実感の間にある緊張感を、誠実に抱え続けている専門家が多い領域だという印象を持っています。

 

当相談室の立場について

当カウンセリングルーム結では、現在ヒプノセラピーは実施していません。

ただし、ヒプノセラピーという方法の存在を否定する立場もとっていません。適切な訓練を受けた専門家のもとで、適切な対象に、適切な方法で行われるヒプノセラピーは、トラウマや解離の治療において有効な選択肢になりえると考えています。

ヒプノセラピーに関心をお持ちの方には、必要に応じて信頼できる専門家へのご紹介を含めてご相談に対応しています。

 

おわりに――「わたし」の多層性に向き合う療法として

トラウマ治療において、EMDR・PE・CPT・SEそしてヒプノセラピーは、それぞれ異なる角度から「わたし」の傷に向き合う方法です。

コラムで整理したように、自己とは「固定された実体ではなく、時間と関係性の中で常に変化し続けるプロセス」です。ヒプノセラピーはその多層的な「わたし」——意識・無意識・パーツ・身体・そして場合によってはトランスパーソナルな次元にまで——アクセスする可能性を持つ療法として、今後も真剣に向き合われていくべき領域だと思っています。

「どの療法が正しいか」ではなく、「今ここにいるあなたに何が必要か」——その問いを大切にしながら、引き続き臨床に向き合っていきたいと思います。

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