シリーズ:マインドフルネスを考える【第7回】

 

二つの理論が交差する場所

これまでマインドフルネスを、CBTの発展史・エビデンス・脳科学・創造性という多角的な視点から見てきました。今回は、私が拠り所とする心理療法であるホロニカル・アプローチの視点から、マインドフルネスを捉え直してみたいと思います。

 

観察主体(C点)という概念

ホロニカル・アプローチには「観察主体」という重要な概念があります。私たちの内面や外面には、認知・感情・身体感覚といった様々な体験や種々の人間関係などの関係性が絶えず生じていますが、それらを一歩引いた視点から俯瞰する「観察するちから」が備わっているという考え方です。

この観察主体は、しばしばC点とも呼ばれます。渦中にいる自分(悩み、感情に飲み込まれている状態)と、それを俯瞰して見ている自分——この二つの視点を行き来できることが、心理的な柔軟性や回復力の鍵になるとホロニカル・アプローチでは考えます。

 

マインドフルネスの「脱中心化」との共鳴

これは、第2回で紹介したマインドフルネスにおける脱中心化(Decentering)——「思考は事実ではない」と一歩引いて観察する視点——と、驚くほど重なります。

「私はダメな人間だ」という考えが浮かんだとき、その考えに完全に同一化してしまうのではなく、「今、そういう考えが浮かんでいるな」と観察できる視点を持つ。これはまさに、ホロニカル・アプローチでいう観察主体(C点)の働きそのものです。

マインドフルネスが西洋の科学的文脈で「脱中心化」として概念化してきたものと、ホロニカル・アプローチが東洋思想を背景に「観察主体」として理論化してきたものは、異なる言葉でありながら、非常に近い臨床的な現象を指し示していると私は考えています。

 

多層多次元の見立てとの接続

ホロニカル・アプローチでは、人間の体験を認知・行動・感情・身体感覚・無意識という多層的な構造で捉えます(このシリーズの土台になった拙著『現場で活かせる対人支援のトリセツ』でも詳しく触れています)。

マインドフルネスの実践、特にボディスキャンなどは、まさにこの多層構造——身体感覚、感情、思考——を丁寧に観察していくプロセスです。ある層に囚われすぎず、多層的な視点から自分自身を眺める力を養うという点で、両者は深く共鳴しています。

 

トランスパーソナルな次元との接点

以前、自己についてのコラムでも触れましたが、私はホロニカル・アプローチは自己は身体という制約を超えて、より大きな自然や宇宙とのつながり——トランスパーソナルな領域——にも及びうると考えています。

禅の瞑想実践、茶道における静寂の時間、そしてマインドフルネスが深まった状態——これらすべてに共通するのは、「わたし」という境界が緩み、より大きな全体とのつながりの感覚が生まれることがあるという点です。カバットジンがマインドフルネスの起源である仏教瞑想から宗教的要素を意図的に取り除いた経緯には理解できる面がある一方で、その源流にあった大きなつながりの感覚を、臨床の場で完全に切り離す必要はないと私は考えています。

 

臨床実践への統合

私自身、カウンセリングの中でマインドフルネス的な要素——「今、身体のどこにその感覚がありますか」「その考えを、少し離れたところから眺めてみましょう」といった問いかけ——を、日々のカウンセリング場面での問いかけにも用いています。

第三世代CBTとしてのマインドフルネスと、日本発の統合的心理療法であるホロニカル・アプローチ。生まれた文脈は異なりますが、「今ここ」に丁寧に在ること、そして自分自身を俯瞰する観察主体を育てることの重要性において、両者は深いところで手を結んでいると感じています。

 

終わりに

第三世代CBTとしてのマインドフルネスの基礎理論から、心身への効果、脳科学的な裏付け、創造性との関係、そして日本の伝統文化や自身の理論的基盤との接続まで、幅広く見てきました。

次回、最終回となる第8回では、戦国武将と茶の湯という日本独自の文化を通じて、このシリーズの総括をお届けします。