はじめに

精神分析・ユング心理学・人間性心理学・CBTに続く今回は、家族療法とシステム論とホロニカル・アプローチの接合を探ります。

この二つは、ホロニカル・アプローチとの親和性が特に高い理論体系です。それは、どちらも「問題は個人の内部にあるのではなく、関係性・システム・場の中に立ち現れる」という根本的な視座を共有しているからです。

実はホロニカル・アプローチの誕生そのものが、家族療法・システム論との格闘の中から生まれています。その歴史的経緯も含めながら、両者の対話を丁寧に見ていきます。

 

家族療法・システム論の核心

システム論の誕生――「全体は部分の総和ではない」

家族療法の理論的基盤となったのが、ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した一般システム理論と、ノーバート・ウィーナーのサイバネティクス(フィードバックと制御の理論)です。

システム理論の核心は、「全体は部分の総和ではない」という命題にあります。家族は個々のメンバーの集まりではなく、それぞれが互いに影響し合いながら独自のパターンを生み出す有機的なシステムとして理解されます。

グレゴリー・ベイトソンはこのシステム論を人間の関係性・コミュニケーションに応用し、統合失調症の発症に関わるダブルバインド(二重拘束)理論を提唱しました。「あなたを愛している(言語メッセージ)」と「近寄るな(非言語メッセージ)」が同時に発せられるとき、受け手は矛盾した命令の中に閉じ込められる——この洞察は、家族システムが個人の心理に与える影響の深さを示したものです。

家族療法の展開――IP(同定患者)という視座

家族療法がもたらした最も革新的な視座のひとつが、IP(Identified Patient:同定患者)という概念です。

家族の中で「問題のある人」として同定されている子ども(不登校・非行・摂食障害など)は、実は家族システム全体の機能不全を体現しているにすぎない、という考え方です。「問題は個人の中にあるのではなく、家族システムのパターンの中にある」——この転換は、心理支援の実践を根本から変えました。

サルバドール・ミニューチンの構造的家族療法(家族の境界・サブシステム・ヒエラルキーの再構造化)、ジェイ・ヘイリーの戦略的家族療法(症状の機能・変化を促すための戦略的介入)、マレー・ボーエンの多世代家族療法(家族パターンの世代間伝達)など、多様な流派が展開されてきました。

円環的因果論――「原因と結果」を超えて

家族療法・システム論が従来の心理学に突きつけた最大の問いが、因果論の転換です。

従来の心理学は「A(原因)→B(結果)」という線形的因果論に依拠してきました(例:「親の養育方法が子どもの問題を引き起こす」)。これに対してシステム論は、円環的(循環的)因果論を提唱します。

AがBに影響し、BがAに影響し、その相互作用がシステム全体のパターンを生み出す——「母親が過保護になる→子どもが依存する→子どもが依存するから母親が過保護になる」という円環のどこに「原因」があるかは問えない。このような循環的な相互作用こそが、家族システムの現実です。

 

ホロニカル・アプローチとの深い接合

ホロニカル・アプローチの誕生と家族療法・システム論

ここで重要な歴史的事実を記しておく必要があります。定森(2026)によれば、ホロニカル・アプローチの誕生過程において、家族療法・システム論は核心的な役割を果たしていました。

定森先生は1980年代の臨床実践の中で、既存の個人モデルでは捉えきれない現象に繰り返し直面する中から、「深層心理学的視点やシステム論、家族療法、地域臨床、教育臨床といった領域が個別にはそれぞれ重要な役割を担っていましたが、実践現場においてはそれらの知見が断片的であり、相互に結びつけて扱う理論的枠組みが欠けていた」ことを痛感されていました。

その過程で生まれたのが、「ホームシミュレーション」技法です。「家庭内の人間関係や家族力動に基づく家族構造をシステム論的に捉え直し、模擬的に再現することで、被支援者の深層的な心的構造を俯瞰的に観察することを試みた」——これはホロニカル・アプローチの実践技法の原型のひとつです。

「円環的因果論」と「ホロニカル関係」

システム論の円環的因果論は、ホロニカル心理学の「ホロニカル関係」と深く対応します。

ホロニカル関係とは、「部分と全体が相互に包摂し合う関係」です。感情・認知・行動・関係性・社会的文脈は一方向的な因果連鎖で結ばれているのではなく、互いが互いを包み込みながら動的に生成し合っています。

本書では「自己と世界との出あいには、不一致と一致が絶え間なく繰り返されており、この変化は一方向的な『発達』ではなく、円環的で絶えず変化していくプロセスとして理解される」と述べられています。

家族療法が「家族メンバー間の円環的相互作用」を見るとすれば、ホロニカル・アプローチはそれをさらに拡張し、個人の内部(多層的無意識)から家族・社会・文化・人類にまたがる多層多次元の「円環的・ホロニカル的相互包摂」として理解します。

「家族的無意識」という独自の概念

ホロニカル心理学が家族療法の知見を取り込みながら独自に展開した最も重要な概念が、「家族的無意識層」です。

ホロニカル心理学の多層的無意識の構造の中で、個人的無意識層の下層に位置するのが「家族内で代々引き継がれる心的パターン」としての家族的無意識層です。

ボーエンの多世代家族療法が「世代間伝達(intergenerational transmission)」として示した知見——家族の感情プロセス・関係パターンが世代を超えて繰り返される——を、ホロニカル心理学は「家族的無意識」という概念として"こころ"の多層構造の中に位置づけ直します。

本書にはその実践例として印象的な事例が掲載されています。母親からの虐待・威圧で来談した少女の背景には、その母親もまた母方祖母から虐待を受けてきた歴史があり、さらに継父もまた激しい体罰を受けて育った過去があった——「憤怒は祖父母代からの伝承でもあった」という言葉が、家族的無意識の深さをリアルに物語っています。

怒りの世代間連鎖」。これは家族的無意識が個人の"こころ"に刻まれたフラクタル構造であり、家族療法的な見立てとホロニカル的な多層構造論が交差する接合点です。

IPの視座から「場の転移」へ

家族療法のIP(同定患者)概念——「問題者とされた個人の背後に家族システムの問題がある」——は、ホロニカル・アプローチの「場の転移」概念とも深く共鳴するでしょう。

「場の転移」とは、過去に形成された悪循環パターン(ホロニカル・ループ)が、家族・学校・職場などあらゆる「場」において反復される現象です。家族システムの中で生まれた不一致のパターンが、その後の人生のあらゆる「場」で繰り返されていく——これはIPの問題を個人の内部に閉じるのではなく、その人が生きてきたすべての「場」との関係の中で理解するという視座です。

本書では「個人の問題を場所の問題へ」という方向性を、ABCモデルのモデルⅡ(場所モデル)として示しています。「家族療法では、子どもの苦悩(A点)を子ども個人の問題としてではなく、家族関係における不一致として捉え直すことで、家族全体に俯瞰的な視座が生まれ、全体としての一致(B点)をめざす方向性が形成される」という記述は、ホロニカルが家族療法の知見をいかに深く継承しているかを示しています。

 

システム論との重要な相違点

「自己組織化」の概念をめぐって

システム論・複雑系理論との接合でもっとも重要な概念が「自己組織化」です。

複雑系理論の「自己組織化」——外部からの管理なしに、システムが内部の相互作用から自律的に秩序を生み出すプロセス——は、ホロニカル心理学の"こころ"の理解と深く共鳴します。本書も「エリッヒ・ヤンツ」「スチュアート・カウフマン」の自己組織化論を積極的に参照しています。

しかし、ここに重要な相違点があります。

本書は「複雑性科学は、数理モデルや一般システム理論を重視する傾向が強く、人間の"こころ"の質的経験や実存的側面には踏み込まない」と明記しています。システム論・複雑系理論が数理的・構造的な記述を目指すのに対し、ホロニカル・アプローチは「被支援者と支援者のやり取りや、日常的な"こころ"の揺らぎを基盤資料として理論化する」——実践即理論・理論即実践の往還を特徴とします。

「数理的抽象と実践的具体性のあいだに明確な境界が存在し、その境界を横断することがホロニカル論の独自性」という本書の言葉は、システム論との距離を明確に示しています。

「観察者の問題」への深化

システム論の第二世代(セカンド・サイバネティクス)は、観察者自身がシステムの一部であるという「観察者の問題*を提起しました。支援者もまた家族システムに影響を与え、影響を受ける存在である——この認識は家族療法の実践を大きく変えました。

ホロニカル・アプローチはこの問題意識をさらに深めます。支援者自身もまた、自らのホロニカル主体(理)——内在化された価値観・理論・信念——を通じてクライエントを見ており、その「理」がクライエントとの関係の「場」を形成しています。

支援者が「IT(イット)」の立場——無批判・無評価・無解釈の根源的俯瞰——に立つことで初めて、自分自身のホロニカル主体(理)の作用を相対化し、クライエントの"こころ"の自己組織化を妨げない「共同研究的協働の場」が生まれます。これはセカンド・サイバネティクスの問題意識を、実践哲学として徹底化したものといえます。

 

「場のホロニカル的理解」という統合

家族療法とシステム論が「家族・社会システムの変容」を目指すのに対し、ホロニカル・アプローチはそれをさらに深め、「場そのものの変容」へと視野を広げます。

本書のABCモデル・モデルⅢ(場モデル)では、「支援の対象は個人や集団にとどまらず、『場』そのものが生成と消滅を反復する動的現象として理解される」と述べられています。支援者は、当事者を取り巻く「場」に働きかけ、場全体に共創的俯瞰のC点(観察主体)の視座をもたらすことで、より協働的な関係性の創出を支援します。

「問題は個人の中にあるのではなくシステムの中にある」(家族療法)

「システムは部分と全体が円環的に包摂し合うホロニカル関係にある」(ホロニカル)

「場そのものが、自己と世界の不一致・一致のプロセスを通じて自己組織化していく」(ホロニカル)

この深化の連鎖が、家族療法・システム論とホロニカル・アプローチの対話の軌跡です。

 

おわりに

家族療法とシステム論は、「問題は個人の中ではなく関係の中にある」という根本的な転換をもたらしました。ホロニカル・アプローチはこの転換を深く継承しながら、「関係」をさらに多層多次元の「場」として、そして自己組織化する動的プロセスとして捉え直します。

臨床の現場で、子どもの不登校・摂食障害・自傷行為を「その子どもの問題」として個人に還元せず、家族的無意識・世代間連鎖・場の転移の文脈で理解しようとするとき——その視座の背景には、家族療法・システム論とホロニカル・アプローチが積み重ねてきた深い対話があります。

次回はナラティブ・セラピーとホロニカル・アプローチの接合を探ります。