「認知の変容」から「俯瞰する主体の育成」へ
はじめに
精神分析、ユング心理学・プロセス指向心理学、人間性心理学に続く今回は、現代の心理臨床において最も広く普及した理論体系のひとつである認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)とホロニカル・アプローチの接合を探ります。
CBTはエビデンス・ベイスト・プラクティス(EBP)の文脈で世界的に普及し、日本でも保険適用の対象となるなど、現在の臨床心理学において最も「主流」な理論のひとつといえます。一方、ホロニカル・アプローチは統合的な心理療法であり、CBTを正面から批判するのではなく、CBTが明らかにしてきた豊かな知見を継承しながら、その限界を超えていこうとします。
両者の対話は、「認知を変えれば感情が変わる」というCBTの命題を、さらに深い次元で問い直すことでもあります。
認知行動療法の誕生と発展
行動主義から認知革命へ
CBTの源流は行動主義(ワトソン・スキナー)にあります。行動主義は「"こころ"をブラックボックスとして扱わず、観察可能な行動のみを研究対象とする」立場から、条件付け・強化・消去などの学習理論を基盤とした行動療法を生み出しました。
しかし1960年代以降、「人間の行動は外的刺激だけでなく、それをどう認知・解釈するかによって規定される」という認知革命が起き、アーロン・ベック(うつ病の認知療法)、アルバート・エリス(理性情動行動療法)らが認知療法を展開しました。
ベックが示した核心は、うつ病の背景には自動思考(意識せずに浮かぶ否定的な思考)と認知の歪み(白黒思考・過度の一般化・破局化など)が存在し、その思考パターンを変えることで感情・行動が変容するというものでした。さらにその根底には、幼少期からの体験によって形成されたスキーマ(中核信念)があるとされます。
こうしてCBTは「認知・感情・行動」の三角形を治療の対象とし、構造化された面接と具体的なホームワークを特徴とする、エビデンスに基づく治療法として発展してきました。
ホロニカル・アプローチとCBTの接合点
「感情・認知・行動」はホロニカル的存在として捉え直される
CBTは「認知が感情を生み出し、感情が行動を変える」という線形的な因果モデルを基本とします。これに対してホロニカル心理学では、認知・感情・行動は切り離して考えられる要素ではなく、互いに包摂し合うホロニカル的存在として理解されます。
定森(2026)では、統合的心理療法の推進者ポール・ワクテルの言葉を引きながら「現実生活における出来事には、感情が認知を揺るがし、認知が行動を変化させ、行動が再び感情を再構成するように、すべてが相互に包摂し合う関係にある(Wachtel, 1997)」と述べています。
たとえば、ある被支援者が抱える「怒り」の感情を単なる情動として扱うのではなく、その背後にある認知的構造・関係性の記憶・身体的反応・社会的文脈などと重層的に関連づけて理解することが、ホロニカル的視座に基づく支援となります。
つまりCBTが「認知→感情→行動」という要素の連鎖を治療の対象とするのに対し、ホロニカル・アプローチはそれらを多層多次元のネットワーク全体として、全体性の中で俯瞰することを重視します。
「スキーマ分析」と「ホロニカル主体(理)」
CBTにおけるスキーマ(中核信念)——「私は無価値だ」「世界は危険だ」「他者は信頼できない」といった、幼少期から形成された深層の信念体系——は、ホロニカル心理学の「ホロニカル主体(理)」と対応する概念です。
ホロニカル主体(理)とは、「宇宙の原理・社会規範・文化・美徳・思想・信念・倫理」などが現実主体(我)に内在化されたものであり、個人が無意識のうちに依拠する「識別・評価の基準」です。
CBTがスキーマを「認知的技法によって修正すべき誤った信念」として扱うのに対し、ホロニカル・アプローチはホロニカル主体(理)を「単に修正すべきものではなく、その人の自己と世界との歴史的・文化的・関係的な蓄積として、まず丁寧に俯瞰されるべきもの」として捉えます。
この違いは実践的に非常に重要です。CBT的な「スキーマの修正」は、ともすると支援者の価値観や理論(これもまた支援者のホロニカル主体〈理〉です)を通じた「上書き」になりかねません。ホロニカル・アプローチでは、まず支援者自身がどのような「理」を通してクライエントを見ているかを自覚・俯瞰することが求められます。
「要素還元主義」への批判的継承
本書は「現代心理学の多くの潮流は、未だに実験的手法に基づいた因果論的・線形的な枠組みに依存している。たとえば、独立変数と従属変数の明確な区分に基づく研究設計や、特定の認知的歪みに対する技法的介入などがその代表」と指摘し、このような要素還元主義への問い直しを促しています。
また「行動療法的な刺激-反応モデルや、認知療法的なスキーマ分析など……を相対化する」とも述べています。これはCBTを否定するのではなく、「部分を全体から切り離して扱う」ことへの慎重な問い直しです。
ワクテル自身もまた「心理学実験においては自明のものである独立変数と従属変数の明確な区分も、現実生活上の出来事には適用できない」と述べており、精神力動と行動療法を統合しようとした先駆者の問題意識とも、ホロニカルの視座は深く重なります。
「第三世代CBT」との驚くべき共鳴
CBT自体も発展を続けており、近年は「第三世代CBT」と呼ばれる流れが注目されています。マインドフルネス認知療法(MBCT)・ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)・弁証法的行動療法(DBT)などがその代表です。
第三世代CBTの最大の特徴は、「認知を変える」ことを直接目指すのではなく、「自分の思考・感情をありのままに観察する(脱フュージョン・アクセプタンス)」ことを重視する点です。
ここにホロニカル・アプローチとの驚くべき共鳴があります。
ホロニカル・アプローチの技法のひとつである「ただ観察」は、まさにこの第三世代CBTの精神と深く重なります。本書では「支援者と被支援者がともに、イメージに対して評価や意味づけを控え、ありのままに"ただ観察"し続けるという態度を通して、より深い気づきと全体性の回復を目指す方法です。これはマインドフルネス的な要素を含みつつも、"こころ"の動的現象を俯瞰的にとらえ直す技法である点で特徴的」と述べられています。
ただし、ホロニカル・アプローチは第三世代CBTとも根本的に異なります。マインドフルネスが「今この瞬間への注意の訓練」を目的とするためにコントロールするという意識が働くのに対し、ホロニカル・アプローチの「ただ観察」は、「IT(イット)」——すなわち無批判・無評価・無解釈の立場から自己と世界の不一致・一致を俯瞰する根源的な観察主体——の育成を目的とします。技法としての類似性の背後に、より深い哲学的・存在論的な差異があるのです。
「認知の変容」か「俯瞰する主体の育成」か
CBTとホロニカル・アプローチの根本的な相違点を一言で表すとすれば、この問いに集約されます。
CBTは「誤った認知を正しく修正すること」を治療の核とします。セラピストは認知の歪みを同定し、ソクラテス的問答やコラム法などの技法を用いて、クライエントが自ら「認知の再構成」を行うことを助けます。
これに対してホロニカル・アプローチが目指すのは、「適切な観察主体の育成」です。私自身もこれこそがあらゆる心理療法に通底する共通する基盤であると考えています。認知の内容を「正しい・誤り」と評価するのではなく、自己と世界の不一致・一致のプロセス全体を、無批判・無評価・無解釈の立場から俯瞰できる内的な主体を育てること——これが変容の核心です。
定森(2026)は「"こころ"とは、部分の集まりではなく、部分が全体を映し出し、全体が部分に顕れるような、生成的で創造的な動的存在です。この理解に立ったとき、私たちは"こころ"を分析するのではなく、"こころ"に参与し、その『ゆらぎ』に耳を傾け、その変容にともに立ち会う姿勢が求められる」と述べています。
「分析する」から「参与し、ともに立ち会う」へ——この転換がホロニカルの立場であり、CBTとの根本的な差異です。
悪循環パターンとホロニカル・ループ
CBTが「認知の悪循環」として理解するもの——たとえば「失敗する→自分はダメだと思う→何もやる気が出ない→また失敗する」という連鎖——をホロニカル心理学は「ホロニカル・ループ(悪循環パターン)」として理解します。
CBTがこのループの「認知」の部分に焦点を当てて介入するのに対し、ホロニカル・アプローチは「悪循環パターン全体を、多層多次元の文脈(個人的・家族的・社会的・文化的)においてどのように位置づけられているかを、共同研究的に俯瞰すること」を重視します。
またこの悪循環が、フラクタル構造——小さなスケールのパターンが、より大きなスケールで繰り返される——として現れることをホロニカル心理学は指摘します。幼少期の父親との関係で生じた恐怖が、その後の他者不信・社会不安・自信喪失といった連鎖的なホロニカル的存在群を形成していくとき、CBTが「認知のABC理論」で捉える個別の認知の歪みは、より大きな多層的パターンの「一部」にすぎないと理解されます。
臨床での統合の可能性
では、CBTとホロニカル・アプローチは実践においてどう統合できるでしょうか。
ホロニカル・アプローチの基本姿勢は「既存の理論や技法を否定しない」ことです。CBTの構造化面接・心理教育・ホームワーク・認知再構成法などの技法は、それがどのような観察主体の立場から、クライエントとの関係性のどの層に向けて用いられているかを俯瞰した上で、ホロニカル・アプローチの枠組みの中に位置づけ直すことができます。
たとえばCBTのコラム法(自動思考の記録)は、ホロニカルの文脈では「クライエントが自らのホロニカル主体(理)を可視化し、観察主体を育てる作業」として意味づけることができます。マインドフルネス技法は「ITの立場からの俯瞰的姿勢を育てる入口」として活用できます。
「技法はどれも使える。問題は、何のためにどの立場から使うかだ」——これがホロニカル・アプローチとCBTを統合する際の基本的な問いです。
おわりに
CBTは「認知を変えることで人を助ける」という明確なモデルと豊富なエビデンスをもって現代臨床を牽引してきました。ホロニカル・アプローチはその知見を深く尊重しながら、「認知の変容」という目標を「より大きな全体性の中での自己組織化」という視座から問い直します。
「認知の歪みを直す」から「俯瞰する主体を育てる」へ。
「要素を分析する」から「全体に参与する」へ。
「セラピストが介入する」から「共に研究・創造する」へ。
これらの転換が、CBTをさらに豊かにする可能性を持っていると、私は臨床家として感じています。
次回は、家族療法・システム論とホロニカル・アプローチの接合を探ります。