「1年経てば楽になる」は本当か
ペットを亡くした方からよく聞かれることがあります。「1年経てば、少しは楽になりますか?」と。
私自身、12年間家族として一緒に過ごしたトイプードルを亡くして、もうすぐ1年が経とうとしています。心理の専門家として、そして当事者として、この問いに今だからこそ正直に答えてみたいと思います。
変わったこと、変わらなかったこと
1年前と今を比べると、確かに変わったことがあります。
あの頃は、朝起きるたびにいないことを思い知らされるような感覚がありました。ごはんの準備をしようとして手が止まる。家に帰ってももうそこには居ない・・・。そういった日常の中の感覚が、今はずいぶん少なくなりました。
今でも、ふとした瞬間に思い出すことがあります。新しく迎えた子が同じような仕草をしたとき。前の犬とは晩年になるまで,夜も一緒に布団で寝ていました。新しい犬は,飼い主と一緒に寝ると犬にとってはストレスになるということを動画で知り,夜一緒に寝ることはしていませんが,時々一緒に昼寝をする時などふと思い出します。
「あ、そういえば」と胸の奥がしんとする感覚は、1年経った今も変わらずそこにあります。
それがなくなることが「回復」だとは、私はもう思っていません。
悲嘆研究が示す「1年」という節目
心理学・精神医学の研究では、ペットロスを含む悲嘆反応において、「1年」という時間は一つの意味ある節目として捉えられています。
それは「1年で悲しみが終わる」からではありません。四季がひと巡りすること——一緒に過ごした春・夏・秋・冬をそれぞれ「初めて一人で迎える」という体験を通じて、悲嘆のプロセスが一段階進むとされているからです。
「去年の今頃はまだいたのに」という感覚を持ちながら季節を渡ることは、決して後退ではありません。それは悲嘆を丁寧に生きているということです。
「1年経ったのにまだ悲しい」と感じている方へ
1年という節目を迎えて、「もうそろそろ立ち直らなければ」「いつまでも引きずっているのはおかしいのかな」と感じている方もいるかもしれません。
でも悲嘆に「いつまで」という期限はありません。特に長年を共に過ごしたパートナーであれば、1年で「終わる」ほうが不自然とも言えます。
「まだ悲しい自分」を責めないでください。それだけ深く愛した、ということです。
一方で、1年以上経っても日常生活に著しい支障が続いている場合——眠れない、食べられない、外に出られない、死にたいという気持ちが出てくる——は、複雑性悲嘆として専門家への相談を考えていただく目安になります。
次回予告
1年という節目を経て、今私の家には新しいトイプードルの子がいます。新しい命を迎えることへの迷い、そして「前の子と比べてしまう」という正直な気持ちについて、次回お伝えします。
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