私自身は催眠療法は実施していませんが,下記の日本医療催眠学会に関わらせていただいています。

この学会は不思議な学会で,ヒプノセラピー,退行催眠などの実践を行っている支援者の方たちが研鑽する学術団体です。

今年度の学会は胎内記憶研究で有名な池川明先生の特別講演などもあり,必見です(オンラインでのアーカイブ視聴も可)

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2025年10月12日(日)開催 日本医療催眠学会 第12回学会学術大会

 

 支援者が自己(わたし)をどのように捉えるかによって,その扱いうる対象や現象は異なります。下記をお読みいただければと思いますが,ヒプノセラピーでは自己(わたし)というものを,次元や時空をも超えた存在として扱っていると考えられます(以下参照)。

 

 対人支援に関わるに際して,自己(わたし)というものをどのように理解したら良いでしょうか。これは意外に難しい問題で,心理学の理論によってもいまだ共通認識を得るには至っていません。自己は単純に「心」や「身体」といった一側面で説明できるものではなく,むしろ多層的で変化し続ける存在であると考えられます。

私自身は,自己(わたし)とは何かについて,従来の心理学研究,脳科学研究,西洋哲学,そしてホロニカル・アプローチの視点をふまえて,以下のように整理しています。

 

心理学研究の視点

  従来の心理学研究においては,自己は大きく二つに区別されます。ひとつは「ミニマル・セルフ」と呼ばれるもので,今この瞬間に生きている「わたし」の感覚を指します。これは,例えば「ここに自分がいる」と実感する最小単位の自己です。他方は「ナラティブ・セルフ」であり,過去の人生経験を物語として積み重ねてきた「わたし」の姿,すなわち人格的な自己を意味します。パーソナリティというとわかりやすいかもしれません。人は日々の中で,瞬間ごとに生きる「ミニマル・セルフ」と,記憶や物語として積み上げられた「ナラティブ・セルフ」との間を往復しながら,「わたしらしさ」を形づくっていると考えられます。

 

脳科学・身体研究の視点

  次に,脳科学や身体研究の領域から見てみましょう。私たちの自己は身体に根ざしていることは確かです。例えば「手を動かす」「声を出す」といった感覚を通して,「これは自分の身体だ」と感じています。しかし脳の研究によれば,必ずしもその感覚は確実ではないことがわかっています。有名な「ラバーハンド・イリュージョン」実験では,ゴムの手を自分の手であるかのように錯覚してしまう現象が確認されています。つまり脳は,外界からの刺激や文脈によって「これは自分の身体だ」と容易に思い込んでしまうのです。こうしたことから,自己は単に脳機能や身体だけでは説明しきれない複雑な存在であることがわかります。

 

多層性と関係性の視点

  このようなことをホロニカル・アプローチの視点も踏まえて考えると,自己(わたし)とは意識から無意識に至るまで多層的な広がりを持つ存在だと理解できます。そして同時に,自己は決して孤立して存在するものではありません。家族や友人,同僚といった周囲の人々との関係,職場や地域社会といった場とのつながり,さらには文化的背景や歴史的文脈など,多次元的な関係性の中で形づくられるのが「わたし」といえるでしょう。ホロニカル・アプローチの視点からは,自己は身体という制約を超えて,より大きな自然や宇宙とのつながり,いわゆるトランスパーソナルな領域をも包含しうると考えられます。自己は境界のある固定的な実体ではなく,常に生成し続ける動的なプロセスだと考えられます。

 

臨床実践における意義
  以上のように多面的に捉えた自己観は,心理臨床の実践においても重要です。公認心理師や臨床心理士などの心理臨床家は,自らが依拠する理論や技法を通じて「自己」をどのように捉えているのかを明確にしておく必要があります。例えば,精神分析的アプローチであれば「無意識に潜む自己の力動」に焦点を当てるでしょうし,認知行動療法であれば「認知や行動のパターンを通じた自己理解」が重視されるでしょう。ナラティヴ・アプローチでは「語り直しを通じた自己の再構築」が鍵となります。いずれにしても,支援者が自己の多層性や関係性を理解し,自分自身がどの立場からクライエントの「わたし」を見ているのかを自覚しておくことが,その後の臨床活動を展開するうえで欠かせません。

 

まとめ

まとめると,自己(わたし)とは,①現在の瞬間を生きる「ミニマル・セルフ」と,②物語として積み重ねられた「ナラティブ・セルフ」,③身体と脳のはたらきに支えられつつもそれを超えて多層的に広がる存在,④他者や社会との関係性の中で常に生成され続けるプロセス,さらに⑤時にトランスパーソナルな次元にも及ぶ広がりを持つものといえるでしょう。少々難解かもしれませんが,自己をこのように多角的に理解することは,支援者にとって人間理解の深まりをもたらし,クライエントに寄り添う際の視座を豊かにしてくれます。

自己(わたし)とは,固定された実体ではなく,時間と関係性の中で常に変化し続けるプロセスである。その視点を持ちながら対人支援に関わることこそ,心理臨床家に求められる基本的な姿勢であると私は考えます。