etsukoのブログ -18ページ目

勘違い

今日は上司の勘違いでみんな早く帰れることになりました。『空調の業者がくるので皆18時には帰れるように』とのこと。だけど、今日じゃなかったみたい(笑)しかし嬉しい!
早く家に帰って映画『ルワンダの涙』でも見ようと思います。

再スタート

熱も下がりましたがインフルがまだうつるので今日までお休みを頂いています。
休みの間、外界から離れて静かに過ごすと色々考えられました。

結果、もう悩むことは辞めにしま~す!

目指せシンプルライフ

そういえばインフルエンザにかかってから4日間殆ど誰とも話をしていないことに気付きました。そして寂しく感じ昨日夜になって人に電話をしてみたりして…おつきあいありがとう。
昨日、学生時代に授業で使用したエーリッヒ・フロムの『愛するということ』という本を読みました。
学生の時は哲学的な本は興味なしの私だったので確かこの本のレポートを提出した時はほぼ内容を読まずに適当に書いて提出した記憶が…。たまたま本棚を整理していたら、レポートを発見し、本の内容を確認したくなり手に取りました。
読み進めるとへ~こんな内容だったのかと興味深く、同時に私のレポートの内容の無さと適当さに今更ながら笑けてきました。なにせ読んでないのがバレバレな内容だったので。


彼はスピノザ(オランダの哲学者)の考え『能動的感情を行使するとき、人は自由であり、自分の感情の主人であるが、受動的な感情を行使するときには、人は駆り立てられ、自分では気付いていない動機の僕(しもべ)である』を紹介しています。

その文章を読んで私が感じた事は、本題の愛についてではないけれど、以前ブログに書いた『「しなきゃっ」て思うと、できなくて強制性のないものってむくむくやる気が湧いてくる』の「しなきゃ」っていうのは結局、受動的だったのかな~と。自分で選択したので能動的なことだと思い込んでたけど、外的要素(例えば周りの目だったり)で知らず知らず駆り立てられていただけかもなんて思うようになりました。


私の理想は「しなきゃいけないこと」を、こなしていく生活でなくて、「やりたいこと」をしていく生活。

でもそれは他人に迷惑をかける無責任な楽を求める生き方ともまた違う。

そんな生き方素敵だな~。
したいことをする。すごくシンプルなこと。
そんな選択、決断を繰り返してシンプルライフを生きたいです。

晴れたから

晴れて熱も37度台になったから、部屋からでて庭にでてきました。やっぱり青空の日は気持ちい~っ!!
沈丁花の花の香りが漂っていました。

期間限定の飲み物

小学生の頃、風邪の時には水分補給にポカリスエットがでてきました。
ジュース系は一切おいてないうちだったけれど、この時ばかりはポカリを飲んだな~。
今回熱がでると無性にポカリが飲みたくなって母に買ってきてとお願いしてしまいました。
通常は水の方が好きなんだけれど、体がポカリを欲していて…。
それにしても熱が38度台から下がらない。
うーん。熱が下がって2日たったら人にうつらなくなるから出社してもいいと言われたので、私の予定では明日には熱が下がって月曜には出社できるはずなのに。このままで大丈夫か?私。

うーん。インフルさん早く私から出て行ってくださいな。

不覚にも

風邪で寝込む事のない私が珍しく13年ぶりにインフルエンザにかかって寝ています。昨晩39.4度の熱がでで『わ~すごいっ』て驚いていました。薬飲んで次に目覚めた時には37.8度まで下がっていて。薬の力はすごいな~と実感しています。
でも朝にはまた38.7度まで上がっていて、薬の効果が切れたからだろうな~と。

今やらないといけない事が溜まっていて、今週ずっと追われている気分で過ごしてました。微熱くらいなら会社に行けるけれどインフルエンザとなるとやっぱり行けない。他の人に迷惑かけるので心苦しいし、次出社する時も気まずいな…。
でもただの風邪じゃなくインフルエンザにかかったって事は体が『いったんどこかで足を止めて休めっ』ていってるのかもしれないな…なんて都合のいいようにとってます。
怒られない日がないから、心もぐったりしてきた頃だしね。

あまのじゃくな自発性

しなきゃいけないな~と思うとできなくて、

「~ねば」という強制性のないものって、自発性がむくむくと湧いてきて、むしょうにやりたくなる。


今、大変、そんな気持ちです。

今からやろうと思っていたことを「あれやってね」と人から言われると、やりたくなくなる気持ち。

そういう気持ちにも近い。


今は、「あれやってね」と子供の時のように言われることもありませんが、

自分で「やらなければ」と思うとついついおっくうになってしまう。

その代わり、強制されていなくて、自由に考えてひらめいたことはどんどんしたくなる。

う~ん。なんてあまのじゃく。


でもよく考えてみると、義務教育も終了した世代ってやらなきゃいけないことは

あるのだろうか?

もし「あれやらなきゃ」「これもやらなきゃ」と思っておっくうになっていてたら、

そして、そのことでちょっと苦しんでいたら、

それは自分が自発的に選んだことだということを思い出して欲しい。


やらなきゃって、それは自分がやりたいから選んでやっていることである。

そのことに気付くと、もっと気持ちが楽になるんじゃないかな~と自分自身について思いました。


忘れないように、メモ、メモ。







アムネスティ

今日、アムネスティーの難民入門セミナーに参加しました。

アムネスティーとは国際的な人権団体で、ロンドンにある国際事務局を中心に、

約80カ国に支部があり、150カ国以上の国々におよそ220万人のアムネスティ会員や支持者がいます。



私が30代くらいになったら、国際協力ができたらなぁ~と漠然と考えていましたが、

そろそろ準備開始です。ある人の生き方がきっかけで

去年から行動することの大切さに気付かされていました。


その人の生き方を見ていると私と同じ時間が与えられていても、

こんなに密度が異なるものかと驚いたことを覚えています。

そして私の密度とその人の密度の差を続けていると、先はどんなに大差が広がっているのか。

と考えさせられました。答えはいわずもがな。

そもそも難民って?てくらいの私でしたが、

まず気になったら自分で調べて行動してみる。

そのことをその人から学びました。

学んだだけではなく、それを実践しようと思います。


難民とは、様々な理由で祖国や出身地から逃れている人ですが、

日本にも難民がいるのです。


ただ他国に比べて、日本では難民に申請しても認定される人数が極小でH19は41人。

アメリカやEUは何万人という単位で難民を認定し受け入れているのですが・・・。

ただ、国の大きさや移民の歴史などを考えると大差がでてくるのは仕方がない。

でもそれにしても日本の受け入れ数は少ないように感じます。


トルコの少数民族のクルド人も日本に難民申請している人が多いようですが、

日本はトルコとの関係上、難民と認定することは難しいそうです。

(認定してしまうとその国(トルコ)がよくないことを日本は認めていることを表してしまうので)



確かに難民を安易に受け入れてしまうことは難しい。

難民をださない国になることがまず一番の理想。

だけれど、理想論だけでは何も始まらない。だから今ある現状を少しでもよくなるように、

自分にできることを考えていこうと思います。




今朝、天気が良いので散歩していたら、近所の庭から、と~っても素敵な香りがしてきました。

あぁ、素敵。素敵。

エドヴァルド・ムンク

行ってきました!ムンク展。

久々に神戸の街を散策し、その後、阪神電車に乗り兵庫県立美術館へ。


あの海に近い場所が結構好きで、また夕暮れ時が好きなので、その時間帯を狙っていきました。


ムンクについては「叫び」を描いた画家ということしか知りませんでしたが、

なかなか楽しめました。

彼はノルウェー出身の芸術家として、生涯「生と死と愛」をテーマにし描き続けたそうです。


印象としては人の「痛み」を描き、彼自身、苦悩している様子がひしひしと伝わってきて、

ちょっとばかり重い感じでしたが、中には明るいものもあり、全体としては見てよかったな~と感じました。


彼は父親を失った後、「もうこれからは、室内画や、本を読んでいる人物、また編み物をしている女などを描いてはならない。息づき、感じ、苦しみ、愛する、生き生きとした人間を描くのだ※」と日記に綴っていたそうです。

その言葉を帰宅してから知り、今日鑑賞した作品を思い返しながら、

「だからああいった作品が多いのか」と納得していました。


※N・スタング『評伝エドワルド・ムンク』、稲富正彦訳、筑摩書房、1974年


久々の美術館だったので、よい気分転換になりました。







イタリアンを食べながら

昨日、嬉しくなったこと。

夜ご飯を一緒に食べた友達が、最近、日記に私の幸せを願っていることも書いていると漏らしてくれました。


とっても、とっても幸せになりました。


と、同時に最近、何だかんだいって結局は自分のことばかり考えている自分に反省。


私のまわりにいる大好きな人達、そして、その家族、友達、そのつながり(そしたら世の中の人みんなかな)、

みんな、みんな、幸せに過ごせますように。