こんばんは、アイです。
 自民党が、集団的自衛権の憲法解釈を変更する閣議決定を
しましたね。
 自衛隊が戦場に赴く日も近いのでしょうか。
 
 戦争は悲劇です。
 しかし世の中には、力を示さなければわからない輩がいるのも
事実なわけで。
 アメリカに縋ってきた日本も、相応の責任を負う時が
来ているのかもしれません。

 しかし解釈とはいえ、憲法を変更したければ国民の信を問うのが
先でしょう。
 
 納得して戦争に参加するか、納得できずに戦争に参加するか。
 この差は、でかい。




 起業しないのび太さん、コメントありがとうございます。

 人によって素質、資質の有無はあるでしょう。

 しかし立場が人を作るということも、忘れてはなりません。
 同じ問題でも、立場によって見え方が異なるものです。

 社員も経営者目線を持て、と言われることがあります。

 あれは社員も経営者のように振舞えというわけではなく、
経営者の価値観を理解せよ、ということなのです。

 経営者の価値観を理解できなければ、その組織に
属していても全然楽しくない。いずれ決裂することになります。

 今から432年前の6月21日に『本能寺の変』が起こりました。

 明智光秀が織田信長に反乱を起こした理由は
様々考えられますが、要は合理主義者である信長の価値観を、
光秀が理解できなかったということだろうと思っています。




 今日は本を紹介します。

 
スコールの夜/日本経済新聞出版社
 
 ビミョーな作品でした。

 第5回日経小説大賞受賞とのことですが、すっごくビミョー。
 
 組織はきれいごとでは動かない。あたりまえです。
 納得できない仕事を命じられたり、自分と関係の無いところで
勝手に事態が動くということも、あるでしょう。

 だからこそ、賢くなければならない。

 知恵を武器に、抗うのです。それがカタルシスとなる。

 この作品はダラダラと事態が進み、主人公はそれに
流されているだけです。変に女性を主人公にするより、
敵役の弁護士視点で書いたほうがまだマシだったかもしれません。
 良かれと思って始めた地雷撤去のNPO法人の仕事が、
逆に地雷に苦しんでいるはずの現地の住人によって
阻まれそうになった時、弁護士の出したアンサーは見事でした。

 ビミョーな気持ちを味わいたければ、読んでみるのもいいかも
しれません。

 
資格を取ると貧乏になります (新潮新書)/新潮社
 読んでて切なくなる内容でした。

 アイの薬局でも税理士と契約を結んでいて、
毎月訪問してきますけど、革靴はいつもボロボロです。
余裕が無いのでしょう。
(内心、契約金の切り下げを企んでいますが。
税理士の仕事なんて、会計ソフトを導入すれば、
あとは申告書の作成だけで十分じゃない?


 薬剤師にも薬剤師会という組織があって、
かなりどうしょうもない組織と思っていましたけど、
弁護士会はそれ以上ですね。

 薬剤師会への加入は任意ですが、弁護士会は強制加入。
 
 弁護士会に入らなければ、試験に合格しても仕事が出来ない。
 しかも入会金と月会費はしっかり徴収するというのですから。
 
 この本では東京の場合、弁護士会の入会だけで
12万円と書いてありました。とんでもない組織です。
 
 薬剤師の仕事も年々厳しさを増していますが、どの資格職も
苦労しているのですね。

 やはり、勝ち組は医者だけか。



 
覇者の条件 (文春文庫)/文藝春秋


 以前にもご紹介したことがあったかもしれませんが、
まあいいじゃないですか。何度読んでも面白い。

 海音寺先生は昔の作家ですけど、歴史小説家として
面白い本をたくさん遺しています。黒田官兵衛のドラマを
見ているので、もう一度手に取り読んでみました。

 歴史上の人物については、想像するしかありません。
 しかし、何を読んでも明らかなのは、織田信長はやはり特異な
人物だったのでしょうね。

 仮に本能寺の変が起きなくても、いずれカエサルのように
暗殺されていたのではないでしょうか。独裁者の末路です。

 
  
だから日本はズレている (新潮新書 566)/新潮社
 軽く読めます。梅雨の鬱陶しい時期には、
あまり重たい本は読みたくないですね。

 社会学者の著書というよりは、エッセイのような感じです。
 
 ズレは常に有ります。世代間のズレ、自国の常識と国際基準のズレ、
人はみな違うのですから、ズレは当然のことです。

 理解できないズレについては、ヒステリックになるよりも、
面白がるようにしたほうがいいのかもしれません。 

 
 

 
 
 





 今期のドラマは豊作でした。
 
 特に小栗旬さん主演の「BORDER」と
海外ドラマ「シャーロック」の3rdシーズンが良かったです。

 全く関係無いこの二作ですが、奇しくも同じく最終話に、
「絶対悪」の敵を登場させています。

 絶対悪といっても、作家によってイメージは異なりますが、
要は社会に仇なす存在であり、改心など全く期待できない人物と
いえるでしょう。

 ネタバレで申し訳ないですが、絶対悪の敵に対し、
両作品の主人公の取った行動は同じでした。

 ただ、一方は後悔に悶え、一方は胸を張った。
 
 負った罪は同じでも、その差はでかいと思うんですよね。