こんばんは、アイです。
垂直離着陸輸送機、通称オスプレイが山口県岩国市にある米軍基地に
陸揚げされましたね。
オスプレイは、アメリカの軍事戦略上必要なものと位置づけされています。
だから、日本がどーこー言ったってムダ。
守ってもらってる身分で
ガチャガチャ文句言うな
うっせバーカ
とか、きっとアメリカ軍は思っていることでしょう。
それにしても、こんな度々事故を起こす機体を支給されるアメリカ兵さんたちは大変ですね。
もしまた事故が起きたら、アメリカ兵さんたちはオーマイゴッドの後に、
こう言うんじゃないですか?
外国でアメ車が売れない理由がわかったって。
チャッパル先生、コメントありがとうございます。
エヴァは今年の下半期に新劇場版第三作目が公開されるらしいですね。
でもアイは見ないつもりです。実は前作も前々作も見てません。
エヴァがテレビ放映されたのは、アイがちょうど大学の時でした。
最終話のあまりの酷さに、呆然とさせられたのを覚えています。
なんだおめでとうって。
その後、真の最終回として劇場版が公開されましたが、見た後に吐き気がしました。
上映後に映画館で怒号が飛び交ったのを聞いたのは、いい思い出トラウマです。
この監督はその後も「彼氏彼女の事情」だったか、アニメ作品を発表しましたけど、
これもラストは散々でした。
アイの中で、この監督は要するに話をきちんとまとめられない人なんだと
みなしています。
エヴァの新劇場版は高い評価を得ているようですけど、わかりませんよ。
きっとまた最後は、グダグダなラストが待っているような気がしてなりません。
新劇場版は全四作(四作も作るというのも気に入りません)らしいので、
全て公開されてから見るか検討しようと思います。
・・・何年後でしょうね。
それとは対象的に、まど・マギは見事な作品でした。
全12話という短い話の中できっちりとまとめて、かつ内容が濃い。
3話で、この話は従来の魔法少女ものとは違いますよということを明示し、
そこから6話もかけて、魔法の力を得てたった7日足らずのうちに後悔を抱いて
溺死することになった少女の絶望をネチネチと描き、最終回のカタルシスへと
導いていく。
全編通して、作者の愛悪意が溢れています。
ロボットものと魔法少女もの、比較対象としてはかけ離れていますが、
共通しているのは、物語に「リアリティー」があるかどうかです。
物語にリアリティーがあれば、それは大人の鑑賞に十分耐え得る作品に
なるのです。まあその分、ダークになりがちですけどね。
あららさん、コメントありがとうございます。
アイがジョジョにハマったのは、中三の時でした。
アニメだとちょうどセーラームーンとかが全盛期だった頃です。
アイは、その頃までは少年ジャンプもロクに読んだことがない子でした。
受験を控え、男女集まって勉強会をしていた時、息抜きとして男子が持ってた
少年ジャンプを借りて読んだのが始まりです。
ちょうどその時、ジョジョはセンターカラー。花京院とDioの空中戦。
これにやられた。引き込まれました。
その後も気になって、ジョジョを立ち読みするようになりました。
刻一刻と悪化していく状況、そしてそれを一撃でひっくり返すパワー。
承太郎の拳がDioの腹部をぶち抜いた時の、なんともいえない爽快感は
いまだ鮮烈な記憶として残っています。
ジョジョという作品は、実は三部までの構想しかなかったと思うんです。
全28巻、それで終わっても良かった。
しかし荒木先生は、続行の道を選びました。
そしてただ引き伸ばしを図るわけではなく、作品の昇華を始めました。
「幸福とは?」「強さとは?」「正義とは?」「悪とは?」「運命とは?」
「ヒーローの資格とは?」
創作史上、何度も何度も問いかけ続けられてきたことに、
自分なりの答えを出そうと思ったのでしょう。
そのせいか、三部以降のジョジョは内容が複雑化しています。
勧善懲悪とはいかない、釈然としない結末を迎えるようになりました。
昔のジョジョが好きな人には物足りないかもしれませんけど、
その中で語られることは、明らかに他の創作より一次元上だとアイは思います。
例えば新作が楽しみな、映画のバットマンシリーズ。
前作の「ダークナイト」では、バットマンはジョーカーという悪人を、
決して殺したりしませんでした。
まあ人を殺しちゃいけないのは当然なんですけど、そのスタイルは
緋村剣心とかヴァッシュ・ザ・スタンピードを連想させる、いささか古いものです。
人を殺めてなお汚れない、漆黒の意志。
バットマンにはそれが必要だった。リンゴォならこう言うでしょう、
お前は受け身の対応者に過ぎない、ダークナイトを名乗る資格はない、と。
最近、また新しいドラマが始まりました。
黒の女教師。要するに必殺仕事人ですね。
天に代わって悪を討つ。いつの時代も一定の支持が期待できるものですけど、
その手法はまさに時代劇的。古臭いといわざるをえません。
この種の作品は主役を正当化するために、悪役は始末されて当然の
クズ人間だと描写します。
しかしそこには、リアリティーがありません。
どんなクズ人間にも家族がいて、どんなクズ人間でもその人がいるから
上手く周っていることがあるものです。
まして騙し討ちみたいなやり方で始末することに、正しさなどあろうはずも
ありません。
だからこのタイプのヒーローの末路は、返り討ちか同士討ちで消えていくと
相場が決まってます。もう存在のあり方がして、詰んでますから。
ヒーローとは、ヒロインとは、何でしょう?
特別な力を持つ人達のこと?いいえ、むしろ力とは二次的なものです。
大事なのは意志。物語を、現実を、正しい方へと導こうとする意志です。
ではなぜ、ヒーローやヒロインは正しい方向へ導こうとするのか?
それは、精神的貴族に位置するからです。つまり庶民にはわかりません。
テレビの前で、大あくびをするアイ。
長い、長いよオジチャン。隣の参議院の先生を見てみ?
まぶたを閉じるのを必死で堪えてるじゃない。
アイは夜、BSフジでやってるプライムニュースをよく見ます。
時間が長いせいか、ひとつのテーマにじっくりと取り組む姿勢が
気に入っています。
ですが、たまに訳のわからないゲストを呼ぶのが玉にキズです。
この日の放送もそうでした。滋賀県大津市で発生した、中学生の自殺問題について
専門家に話を伺うという内容だったのですが、ゲストとして呼ばれたどっかの
大学の先生が、話が超下手。やたら長いうえに内容が全然まとまってない。
テレビのニュース番組で、ひとりの人がCMまたぎでダラダラダラダラと30分以上も
話続けるシーンなんて、久々に見ました。
挙句の果てに時間が足りなくなって、司会の人に「もうホントに時間がないんで」
と止められる始末です。二度とこの先生はテレビに呼ばれないだろうな。
まあ、大学の先生の話に全く内容がなかったわけではありません。
3分でまとめられる程度の話でしたが。
要は、ひとつの閉鎖された空間に複数の人間を押し込めれば、
イジメが起きてあたりまえ。
ということを、言いたかったようです。
これはアイにも納得できることです。ですが、だからってどうすればいいと
いうんでしょうか?
よくドラマとかでこんなセリフ、聞いたことがありませんか?
「果たしてあいつ、いつまで保つかな(`∀´)」
例えばレストランの厨房とか、ひとつの閉鎖された空間に来た主人公が、
周りにいる先住民たちに、冷たい扱いを受けたりする、みたいな展開です。
現実でもよく起こりうることですけど、何とかするしかありません。
自分の実力を認めてもらい、先住民たちにも理解を示すことで、周囲との
軋轢を失くしていき、やがてムラの一員だと認めてもらう他ないのです。
逆に言えば、認めてもらえない人間は弾かれて職場を追われます。
他の職場を探す他ありません。
イジメとは、ここに問題があるとコメンテーターである大学の先生は
考えているようでした。
社会の場合は、出て行くという選択肢がある。
学校の場合は、出て行くということはなかなかできない。結果、
その空間に馴染めない生徒は迫害され、イジメを受けると。
だから、解決案としては閉鎖された空間を作らない。
総合大学で選択授業を選ぶように、クラスを作らない。
そうすることで、子供を守れるようになると。
いかにも大学の先生らしい考え方だ、というのがアイの感想です。
学校の場合は、クラスというのが問題だというのは、たぶんそうなんでしょう。
もう面倒くさいから、監視カメラでも全教室に設置したらどうだと思います。
いや教室だけじゃなくて、校舎裏とか屋上に続く階段とか人目のない場所にも
びしびしと設置しとけばいい。
いじめを検証するに、要はいつも証拠探しが大変なわけで、教師の目が
届かないならそれは機械で補う他ありません。
いまどきは街中に監視カメラがついてるんだから、家の外である学校の中に
ついてたって別におかしなことじゃないはずです。親御さんも安心するでしょう?
しかし、学校はそれでいいとしても、社会に出たって状況は同じです。
日本の場合、原則として仕事は流動的ではありません。一度その職場に
正社員として入れたのなら簡単に辞められないし、辞めないほうがいいです。
意地でも、しがみついてでもその職場に馴染まなければならない。
となれば、学校で教師が生徒に教えるべきは、勉強とともに処世術で
あるはずです。
まあ、世間知らずの教師たちに、それを求めるのは酷というものかも
しれませんけどね。結局子供たちは、自ら体験して学ぶ他ないのかもしれません。
アイの朝は早いです。
朝8時には薬局に着いて、店を開ける準備をします。
開店時間の9時までは、書類を片付けたり、日経新聞を読んだりして過ごします。
ひとりで過ごすというのは、実に快適です。このまま誰も出勤してこなければいい
なんて、思うことがあります。大変なことになりますがf^_^;
アイもかって、職場を追われたことがあります。
アイの二年後に入社して管理薬剤師になった女に、追い出されました。
アイに負けないぐらい、気の強い女でした。その女と気が合わない社員や
パートさんは、みな理由をつけて辞めさせられることになりました。
女とは、そういうものだと思っています。
女にとって、嫌いな人間なんて虫ケラ同然。
追い払って何が悪いの?そう思ってもおかしくないのです。
人の本質は、一生変わらないものだとか。
アイは、精神的孤独な人間です。
・・・さやかちゃんみたいにならないよう、気をつけよう。
垂直離着陸輸送機、通称オスプレイが山口県岩国市にある米軍基地に
陸揚げされましたね。
オスプレイは、アメリカの軍事戦略上必要なものと位置づけされています。
だから、日本がどーこー言ったってムダ。
守ってもらってる身分で
ガチャガチャ文句言うな
うっせバーカ
とか、きっとアメリカ軍は思っていることでしょう。
それにしても、こんな度々事故を起こす機体を支給されるアメリカ兵さんたちは大変ですね。
もしまた事故が起きたら、アメリカ兵さんたちはオーマイゴッドの後に、
こう言うんじゃないですか?
外国でアメ車が売れない理由がわかったって。
チャッパル先生、コメントありがとうございます。
エヴァは今年の下半期に新劇場版第三作目が公開されるらしいですね。
でもアイは見ないつもりです。実は前作も前々作も見てません。
エヴァがテレビ放映されたのは、アイがちょうど大学の時でした。
最終話のあまりの酷さに、呆然とさせられたのを覚えています。
なんだおめでとうって。
その後、真の最終回として劇場版が公開されましたが、見た後に吐き気がしました。
上映後に映画館で怒号が飛び交ったのを聞いたのは、いい思い出
この監督はその後も「彼氏彼女の事情」だったか、アニメ作品を発表しましたけど、
これもラストは散々でした。
アイの中で、この監督は要するに話をきちんとまとめられない人なんだと
みなしています。
エヴァの新劇場版は高い評価を得ているようですけど、わかりませんよ。
きっとまた最後は、グダグダなラストが待っているような気がしてなりません。
新劇場版は全四作(四作も作るというのも気に入りません)らしいので、
全て公開されてから見るか検討しようと思います。
・・・何年後でしょうね。
それとは対象的に、まど・マギは見事な作品でした。
全12話という短い話の中できっちりとまとめて、かつ内容が濃い。
3話で、この話は従来の魔法少女ものとは違いますよということを明示し、
そこから6話もかけて、魔法の力を得てたった7日足らずのうちに後悔を抱いて
溺死することになった少女の絶望をネチネチと描き、最終回のカタルシスへと
導いていく。
全編通して、作者の愛
ロボットものと魔法少女もの、比較対象としてはかけ離れていますが、
共通しているのは、物語に「リアリティー」があるかどうかです。
物語にリアリティーがあれば、それは大人の鑑賞に十分耐え得る作品に
なるのです。まあその分、ダークになりがちですけどね。
あららさん、コメントありがとうございます。
アイがジョジョにハマったのは、中三の時でした。
アニメだとちょうどセーラームーンとかが全盛期だった頃です。
アイは、その頃までは少年ジャンプもロクに読んだことがない子でした。
受験を控え、男女集まって勉強会をしていた時、息抜きとして男子が持ってた
少年ジャンプを借りて読んだのが始まりです。
ちょうどその時、ジョジョはセンターカラー。花京院とDioの空中戦。
これにやられた。引き込まれました。
その後も気になって、ジョジョを立ち読みするようになりました。
刻一刻と悪化していく状況、そしてそれを一撃でひっくり返すパワー。
承太郎の拳がDioの腹部をぶち抜いた時の、なんともいえない爽快感は
いまだ鮮烈な記憶として残っています。
ジョジョという作品は、実は三部までの構想しかなかったと思うんです。
全28巻、それで終わっても良かった。
しかし荒木先生は、続行の道を選びました。
そしてただ引き伸ばしを図るわけではなく、作品の昇華を始めました。
「幸福とは?」「強さとは?」「正義とは?」「悪とは?」「運命とは?」
「ヒーローの資格とは?」
創作史上、何度も何度も問いかけ続けられてきたことに、
自分なりの答えを出そうと思ったのでしょう。
そのせいか、三部以降のジョジョは内容が複雑化しています。
勧善懲悪とはいかない、釈然としない結末を迎えるようになりました。
昔のジョジョが好きな人には物足りないかもしれませんけど、
その中で語られることは、明らかに他の創作より一次元上だとアイは思います。
例えば新作が楽しみな、映画のバットマンシリーズ。
前作の「ダークナイト」では、バットマンはジョーカーという悪人を、
決して殺したりしませんでした。
まあ人を殺しちゃいけないのは当然なんですけど、そのスタイルは
緋村剣心とかヴァッシュ・ザ・スタンピードを連想させる、いささか古いものです。
人を殺めてなお汚れない、漆黒の意志。
バットマンにはそれが必要だった。リンゴォならこう言うでしょう、
お前は受け身の対応者に過ぎない、ダークナイトを名乗る資格はない、と。
最近、また新しいドラマが始まりました。
黒の女教師。要するに必殺仕事人ですね。
天に代わって悪を討つ。いつの時代も一定の支持が期待できるものですけど、
その手法はまさに時代劇的。古臭いといわざるをえません。
この種の作品は主役を正当化するために、悪役は始末されて当然の
クズ人間だと描写します。
しかしそこには、リアリティーがありません。
どんなクズ人間にも家族がいて、どんなクズ人間でもその人がいるから
上手く周っていることがあるものです。
まして騙し討ちみたいなやり方で始末することに、正しさなどあろうはずも
ありません。
だからこのタイプのヒーローの末路は、返り討ちか同士討ちで消えていくと
相場が決まってます。もう存在のあり方がして、詰んでますから。
ヒーローとは、ヒロインとは、何でしょう?
特別な力を持つ人達のこと?いいえ、むしろ力とは二次的なものです。
大事なのは意志。物語を、現実を、正しい方へと導こうとする意志です。
ではなぜ、ヒーローやヒロインは正しい方向へ導こうとするのか?
それは、精神的貴族に位置するからです。つまり庶民にはわかりません。
テレビの前で、大あくびをするアイ。
長い、長いよオジチャン。隣の参議院の先生を見てみ?
まぶたを閉じるのを必死で堪えてるじゃない。
アイは夜、BSフジでやってるプライムニュースをよく見ます。
時間が長いせいか、ひとつのテーマにじっくりと取り組む姿勢が
気に入っています。
ですが、たまに訳のわからないゲストを呼ぶのが玉にキズです。
この日の放送もそうでした。滋賀県大津市で発生した、中学生の自殺問題について
専門家に話を伺うという内容だったのですが、ゲストとして呼ばれたどっかの
大学の先生が、話が超下手。やたら長いうえに内容が全然まとまってない。
テレビのニュース番組で、ひとりの人がCMまたぎでダラダラダラダラと30分以上も
話続けるシーンなんて、久々に見ました。
挙句の果てに時間が足りなくなって、司会の人に「もうホントに時間がないんで」
と止められる始末です。二度とこの先生はテレビに呼ばれないだろうな。
まあ、大学の先生の話に全く内容がなかったわけではありません。
3分でまとめられる程度の話でしたが。
要は、ひとつの閉鎖された空間に複数の人間を押し込めれば、
イジメが起きてあたりまえ。
ということを、言いたかったようです。
これはアイにも納得できることです。ですが、だからってどうすればいいと
いうんでしょうか?
よくドラマとかでこんなセリフ、聞いたことがありませんか?
「果たしてあいつ、いつまで保つかな(`∀´)」
例えばレストランの厨房とか、ひとつの閉鎖された空間に来た主人公が、
周りにいる先住民たちに、冷たい扱いを受けたりする、みたいな展開です。
現実でもよく起こりうることですけど、何とかするしかありません。
自分の実力を認めてもらい、先住民たちにも理解を示すことで、周囲との
軋轢を失くしていき、やがてムラの一員だと認めてもらう他ないのです。
逆に言えば、認めてもらえない人間は弾かれて職場を追われます。
他の職場を探す他ありません。
イジメとは、ここに問題があるとコメンテーターである大学の先生は
考えているようでした。
社会の場合は、出て行くという選択肢がある。
学校の場合は、出て行くということはなかなかできない。結果、
その空間に馴染めない生徒は迫害され、イジメを受けると。
だから、解決案としては閉鎖された空間を作らない。
総合大学で選択授業を選ぶように、クラスを作らない。
そうすることで、子供を守れるようになると。
いかにも大学の先生らしい考え方だ、というのがアイの感想です。
学校の場合は、クラスというのが問題だというのは、たぶんそうなんでしょう。
もう面倒くさいから、監視カメラでも全教室に設置したらどうだと思います。
いや教室だけじゃなくて、校舎裏とか屋上に続く階段とか人目のない場所にも
びしびしと設置しとけばいい。
いじめを検証するに、要はいつも証拠探しが大変なわけで、教師の目が
届かないならそれは機械で補う他ありません。
いまどきは街中に監視カメラがついてるんだから、家の外である学校の中に
ついてたって別におかしなことじゃないはずです。親御さんも安心するでしょう?
しかし、学校はそれでいいとしても、社会に出たって状況は同じです。
日本の場合、原則として仕事は流動的ではありません。一度その職場に
正社員として入れたのなら簡単に辞められないし、辞めないほうがいいです。
意地でも、しがみついてでもその職場に馴染まなければならない。
となれば、学校で教師が生徒に教えるべきは、勉強とともに処世術で
あるはずです。
まあ、世間知らずの教師たちに、それを求めるのは酷というものかも
しれませんけどね。結局子供たちは、自ら体験して学ぶ他ないのかもしれません。
アイの朝は早いです。
朝8時には薬局に着いて、店を開ける準備をします。
開店時間の9時までは、書類を片付けたり、日経新聞を読んだりして過ごします。
ひとりで過ごすというのは、実に快適です。このまま誰も出勤してこなければいい
なんて、思うことがあります。大変なことになりますがf^_^;
アイもかって、職場を追われたことがあります。
アイの二年後に入社して管理薬剤師になった女に、追い出されました。
アイに負けないぐらい、気の強い女でした。その女と気が合わない社員や
パートさんは、みな理由をつけて辞めさせられることになりました。
女とは、そういうものだと思っています。
女にとって、嫌いな人間なんて虫ケラ同然。
追い払って何が悪いの?そう思ってもおかしくないのです。
人の本質は、一生変わらないものだとか。
アイは、精神的孤独な人間です。
・・・さやかちゃんみたいにならないよう、気をつけよう。
