きのうは、数日後に、地域の「高齢者のつどい」にボランティアとして出演するための練習日でした。
ここのところ、入院中の実家の母の面会に、月の半分を費やしてます。
だから、練習不足なので、きょうも、自分としては、イマイチでした。
ん~、母の面会で忙しいのを、練習不足の理由にするのはダメですね。
自分の「やる気」の問題です。。。( ̄▽ ̄;)
ボランティアでの私の役割は、フラメンコを踊り、キーボードで童謡と懐メロの伴奏をし、三味線を弾いて民謡を歌います。
なはは、練習が間に合わない。。。
でも、目的があって、何かを頑張る機会を与えられてるってことは、幸せだと思います。
何もすることがないと、、、ボケます( ̄▽ ̄;)
10月13日のことです。
まず、あさイチに、佐賀県伊万里市の岳神社に参拝しました。
参拝するのに、2時間近く時間がかかったのです。
山の上だったので
だから、一社を参拝しただけで、もう、母の病院に向かわないと遅くなるので、病院に向けて、車を走らせていました。。。。
が、見つけてしまった、、、鳥居を
なはは( ̄▽ ̄;)
あら。
写真見て気がつきましたけど、、、向こうの雲は龍の雲。。。。かな。
というのは、この鳥居の神社には、龍神様が祀られているのです。。。
そして、遠くに見える山並みは、、、黒髪山です
佐賀県神社庁のホームページからのコピペです<m(__)m>
【鎮座地】
伊万里市大川町大川野1973
【祭神】
与止日女命・武御名方命・菅原道真命
【祭礼】
例祭(9月24日)
【社宝】
短刀(室町期・備州長船則光作)太刀(桃山期・金房兵衛尉政次作)3本鎗(天文11年・大内多門介多々良義信持鎗)
【神事と芸能】
神輿渡幸
【由緒】
松浦記に欽明天皇25年の創立と記された古社。長久2年大川野眉山獅子退治の時この神の神助を得たという記録もある。文明7年領主源治が社殿を再興。その後天正17年吉志見城主波多三河守が社殿を修造したことも棟札に残っている。明暦8年と享保3年に社殿の改築があり、宝暦9年銅葺きにして現在に及んでいる。開運・五穀豊穣、また学問の神として崇敬されている。
獅子退治ですって
神様が鬼を退治してくれたとか、災害を防いでくれたとか、魔物を封印してくれたとか、そんな伝承がいっぱいありますよね。
そういう物語を知ると、ワクワクしてきます
おぉ~
伊万里焼の鯱(しゃちほこ)が一対
「河上社」となってます。
古くは「河上大明神」と呼ばれていたそうです
今度は「河上宮」
手水舎
この建物は何でしょう(・・?
ん。


おぉ~
表情が良いね~
拝殿の中です。
・・・格子戸が
立派な境内社
御祭神は、少彦名さまかな。
小さな祠
淡島大明神、立派な社殿です
こちらは、天満宮のようです。
祠の扉に梅の紋があるので
こちらは、祠の中の文字が、稲荷社となってます
この祠は、よくわかりません
また、立派な境内社
屋根の紋が「左三つ巴紋」なので、八幡宮でしょうか。。。
「大山」という文字が見えます。
大山祇命さまかな
これは、たぶん御本殿。。。
3か月前なので、、、、記憶が、、、
こちらは、間違いなく稲荷神社
祠の中の文字は金刀毘羅社
この時の時刻は、午前11時
さぁ、参拝を済ませて母の入院している病院に向かいます
この場所からは、病院まで1時間半
病院から自宅まで3時間
夕方のラッシュにかからないように、5時までに帰らなくっちゃ