10月3日のことです。
この日は、朝から、一つ前のブログで紹介した
太宰府の竈門神社(かまどじんじゃ)に向かってました
粕屋郡(かすやぐん)久山町から福岡県道35線を走っていました。
すると、
須恵町(すえまち)のとある交差点で、、、
ナビが、35号線から右の道に入れと指示を出しました。
私は、
あら、このまま真っすぐでいいはずなんだけど、変だなと。(・・?
こういう時、その時の直感で、曲がることが多いんです。
ナビの指示に従って、旧道の片側一車線の、少し狭い道に入りました。
すると、、、
鳥居が、、、あった。。。
やっぱりね
最近というか、以前から、道に迷ったり、いつもと違う道を通ったりすると、神社があったり鳥居があったりするんです。
そして、
最近は、
ナビが誘導してくれます。
いつも通ってる道なのに、いつもとは違う道に曲がれと示してくるんです( ̄▽ ̄;)
鳥居があったけど、先に、竈門神社に行く予定だったので、素通りしました。
そして、竈門神社を参拝した帰りにいってみることにしました。
この鳥居です
なんと、宝満宮だったのです
糟屋郡須恵町須恵704に鎮座します
須恵町の宝満宮でした。。。
つまり、太宰府の宝満宮に向かう途中で、須恵町の宝満宮に呼ばれたというか、存在を知らされたって感じですね。
最近、宝満宮によく呼ばれます、というか、よく出会います。
それから、英彦山権現と淀姫神社にも、よく遭遇するんです
拝殿
御祭神等は(福岡神社参拝帳のサイトから引用させてもらいました<m(__)m>)
御祭神
玉依姫命、太祖権現志賀大明神、菅原神、須賀大神
宝満宮は宝満神(玉依姫命)を祭る神社です。宝満山の竈門神社を本社とし明治時代の一時期には竈門神社と称したこともあります。
その由来は古く平安時代中期応徳二年(一〇八四)竈門神社の荘園八十庄の北境今の古宮地蔵堂の位置に勧請されたのが始まりと伝えられ、江戸時代には既に現在地に移転し、旧社には古宮の地名も生まれました。
拝殿の正面には
福岡市の筥崎宮にも、この額がありますよね。
第二次世界大戦のときに、掲げられたものでしょうか。。。
お供え
地域の方に大切にされてるのがわかりますね
拝殿の中
御本殿
相撲場
コミュニティバスの、かわいいバス停
参拝後に、母のいる病院へGO