与謝野鉄幹の詩と歌と | せのお・あまんの「斜塔からの眺め」

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3月26日は、歌人の与謝野鉄幹の命日でした。夫人の晶子の命日(5月29日)は季語に登録されているのに、夫の命日が季語から漏れているのは不公平ではないでしょうか。

それで与謝野鉄幹ってどんな作品があるの? となると… とりあえず方々から代表作とされる歌と詩をかき集めて並べてみました。

秋風に驢馬なく声もさびしきを夕べは雨となりにけるかな

韓にしていかでか死なむわれ死なばをのこの歌ぞまた廃れなむ

有常が妻別れせしくだりよみ涙せきあへず伊勢物語

京の子は舞のころもを我にきせぬ北山おろし雪になる朝

野に生ふる草にも物を言はせばや涙もあらむ歌もあるらむ

韓山に秋かぜ立つや太刀なでてわれ思ふこと無きにしもあらず

尾の上にはいたくも虎の吼ゆるかな夕べは風にならむとすらむ 

この辺、初期の和歌ですが、大言壮語な歌で読んでいて恥ずかしい。こういうのが受けたのが明治時代だったのでしょうね。

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われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子ああもだへの子

大空の塵とはいかが思ふべき熱き涙の流るるものを

オホナムチスクナヒコナのいにしへもすぐれて好きは人嫉みけり

この三首は有名な歌。鉄幹といえば必ず取り上げられていて、さすが素晴らしいといえます。

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君なきか若狭の登美子しら玉のあたら君さへ砕けはつるか

うら若き君が盛りを見けるわれ吾が若き日の果を見し君

若狭路の春の夕ぐれ風吹けばにほへる君も花の如く散る 

この三首は女弟子の山川登美子への挽歌のようです。山川登美子は鉄幹を愛し、若くして亡くなった天才。

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弟子の若者たちを叱咤した歌もありまして

才高く歌もて我をおどろかす惜しき二三子あやまちをせよ

歌はわれ猶およぶべし羨むはそのしりへより少女したがふ

「あやまちをせよ」とか「少女したがふ」とかなんだか弟子に嫉妬しているようでおかしい。

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渓の水汝も若しよき事の外にあるごとく山出でて行く 

これは生涯最後の作、辞世だったようです。

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鉄幹はデビューしてからは一躍寵児となり、正岡子規と張り合うことになります。子規が「鉄幹是なら子規は非なり、鉄幹非なら子規は是なり」とまで言ってライバル心をむき出しにしたくらいです。

明治時代には雑誌「明星」を発行・主宰し、大正時代には慶応義塾大学で教鞭を取っていました。

「明星」からは北原白秋に石川啄木、吉井勇、木下杢太郎などが育ち、慶應大での門下には佐藤春夫、堀口大学、三木露風などがいたそうですから、教師としてもすご腕でした。

ところがこの鉄幹という人、はなはだ女癖が悪く、行く先々で見境なく女性にちょっかいを出してはもめるのを繰り返し、晶子さんは3度目の妻で、もちろん女弟子にちょっかいを出した挙げ句の果て。

しかしこの事件が与謝野晶子の超名作歌集「みだれ髪」を生んだのですから。そして鉄幹は晶子の才能を知り尽くしていたのですね。それなのに山川登美子という人に手を出そうとしたという…

山川登美子はスキャンダルに耐えられずに若くして亡くなり、追い討ちをかけるように“文壇照魔鏡”なる怪文書を撒かれて、それをきっかけに表舞台から去りました。

他にも明治時代らしくというべきか、国士を気取り政治運動にちょっかいを出したり、選挙に立候補しては名物泡沫候補扱いされたり、と言うところのウザい男。

昭和六年に「爆弾三勇士の歌」の公募に投じて1位になったそうですが、依頼ではなく公募作1位というのは、鉄幹の功績からすればなんともわびしいことです。

そのくらい世間から忘れられていたということでしょう、「与謝野鉄幹がまだ生きているのか」という心ない噂が立ったかどうか。

晶子さんの歌に比べたら、鉄幹は時代に添い寝した歌を作りすぎたのでしょう。実は短歌革新の先駆けは他ならぬ鉄幹なのですが、晶子や子規が今では有名で、鉄幹を思い出す人は居なさすぎる。

かき集めた歌の幾分か(特に後半部分)は岡野弘彦のエッセイ集「歌を恋うる歌」からの孫引きですが、なにしろ注目されないので。

松岡某とは付き合いたくない、というのと似たレベルで、生きていたらお付き合いはごめんこうむりたい人ですが、その破天荒な生き方がちょっと好きです。

もう一つ、詩を紹介しましょう。「人を恋ふる歌」が名作とされてますが長いので、「鯉幟」という短いけれど心が熱くなる一編を。

どろを運ぶとどろ河の
どろの中ゆくどろ船に
赤くなびける鯉のぼり
その児祝はん。どろ河の
どろに映れる鯉のぼり