10年目の311。
私の主観的な感覚ではあの出来事から、日常というのはほんとうにうすかわ一枚で成り立っていて、何かがあればあっという間に剥がれてしまうのだ、という感覚を、日本の誰もが持ち始めたように思います。
そして2021年の私たちはコロナの影響が世界中を覆っている時期にあります。
人間の営みははかなくて、すぐに消えてしまうことは事実でしょう。
けれど私は祈りを専門とする仏教の僧侶として、こう信じています。
世界がどんなに災害や戦争や病気で滅びてしまわないのは、祈りの力が勝っているからだと。
人間は心の内側にあるものを外に表していく存在です。
内なる平和を心に見出せるなら、それは必ず外に向かって表現されていきます。
また今年は10年目。
葬儀や法要式を行っている現場では、年数と人の心の変容のリンクを目の当たりにします。
10年という時間の経過は、そこに止まっていた感情から解放され、そろそろ離れてもいいかもしれないというスタートのタイミングとなりうる、と私は考えています。
ですので、本日14時に合わせて、私はお経を読み、10周忌の法要を行う予定です。
311内なる平和の祈り
2011年の311より、「祈りのネットワーク」という会を持ち、全国数百人の方々と一年間被災地と原発への祈りを行ってきました。
その後は、毎年311の日にこの祈りをブログ等で発信し、皆さんで祈りの時間を持つということを起こっています。
どなたでも参加することができます。
これをお読みの方がいらっしゃったら、ぜひご一緒しましょう。
本日、一回目は14時46分。二回目は22時ちょうど。
原発へ。福島へ。亡くなった方へ。
そしてコロナウィルスの影響をうけ、新しい場所へ移行しようとしている、人類の集合意識そのものへ。
静かに座り、目を閉じ、あなたがまず内なる平和を見出します。
その内なる平和を祈りとしてあなたが届けたい人、場所へ届けます。
そして内なる平和があなたの心にひろがり、同時に10年目の被災地に広がることをイメージします。
内なる平和がその周囲に「一切の裁きをもたない健やかさのエネルギー」として浸透する感覚を持ちます。
またもしあなたの身近で震災で亡くなった方がいるなら、この機会にその方を思い浮かべてください。
10年という時間の経過は亡くなった方の思いを癒しているかもしれません。
そしてその方と内なる平和のフィールドで、通じ合うことも可能かもしれません。