出港が遅れることになり、(理由はわからないが)

見送りの人達がだんだんとダレてきた。

あの女の子も泣き疲れ、付き添いの人と船内に戻っていった。


俺は見送りに来た女友達とアホ(野郎24歳)が 

初対面のくせになんかいい感じで喋っていて、

オイオイ・・・・

(話が聞こえないのでよけい気になる)

コラコラ・・・・・・


待て待て!!!


と、内心焦っていたら、アホが、


「まだまだ、出港しなさそうやから、ちょっと二人でメシ食ってくるわ。」


いっいや、ちょっちょっと・・・・・・・それは・・・・・・・・・


マ、マジで行きやがった。


ちっ!俺もメシ食ってやる。


同室で仲良くなった小野瀬さんとバカ高い昼食をとる。

実は極真空手全国ベスト16という絶対喧嘩を売りたくないような

肩書きとそれを疑いたくなるような優しい人柄を持つ不思議な人。

今日の朝、夜行バスで東京から神戸に着いたらしい。

分野は違えど志は同じ。すぐに打ち解けた。

後にこの船の中で、この小野瀬観音菩薩が闘争の鬼、修羅に変身することになる・・・・・・・


食事が終れど船は全く出港する気配が無い。

船員に聞いても 「もうちょっと」 を28回くらい繰り返される。

しまいにはアホどもに  「もう、うざい。早くいけや!」

と、罵倒される始末。別れの感動もじらし過ぎると間延びするようだ。


だが、そんなこんなでいよいよ、エンジンに灯がともった。


振動する船。


船員がなにやら慌しく動き回り始めた。


地面に座り込んでいた見送りに来た人たちも 「やっとか!」

と、笑顔をみせる。


おお。本当に景色が後ろに少しずつ進みだした。


アホが準備運動を始めた。


汽笛が鳴る。


皆が一斉に手を振る。


その中をアホと幼馴染が走り出した。


この見送り台は2~300mくらいはある。


少しずつ小さくなる二人だが、走りながら一生懸命手を振ってくれている


船の最後尾に掲げてある中国国旗の向こう側で神戸港が見えなくなった。


船に乗り込むと、早速ベットの確保に向かった。

二段ベットの上になってしまえばいろいろ面倒だと思ったのだ。

入り口に一番近い荷物置き場にも一番近いベットをまんまと確保した。


荷物から離れることに少しの不安を覚えながらデッキを探した。

船を見送る場所が別にあると聞いていたからだ。

どこだ・・・・・・・・・・・?

あったあった。

船に乗り込む前には来ていなかったもう一人のアホの顔も見える。


見送りの人たちの居る場所と船までが15mくらい離れていて、

その場所の後ろには車がゴーゴーいいながら走る高速道路があるので、

かなり大声で叫ばないと話が出来ない。アホと俺たちも叫びながら会話をしていた。

そんな中で船のデッキに居る一人の小さな女の子の泣き声が

そこに居たみんなの耳に飛び込んできた。

デッキの柵にしがみつき、向こう側の見送りの人たちの中の一人を

必死で呼んでいた。本当に必死で呼んでいた。


お母さんだった。


彼女はまだ若く、見送り台にしゃがみこんで両手で顔を覆って泣いていた。

女の子には中年の女性が付き添っていたが、当時中国語が全く出来なかった

自分にも彼女達を取り巻く状況を想像するのは簡単だった。


私はその親子を持っていたカメラで、写真に撮りたい!という衝動を覚えながら、

撮ることが出来なかった。撮れなかった。


ショボイと思った。自分を嫌悪した。

表現をする者としてそんな覚悟も自分には無いのかと呪った。

それと同時に、そんな親子に平然とカメラを向けられるほど表現や芸術などは

大そう素晴らしい物なのか、わからなかった。わかりたくなかった。無力感しかなかった。

船の出港が遅れることを近くの誰かが言っていた。







2004年5月中旬、早朝。あまり暑くない。ゼンゼン寒くもない。
実家から神戸港に向かうバスの中で、いろんな知り合いにお別れのメールを打っていた。
「お土産はアヘンでいい?」
「4浪なんかすんな」
「ピンク色のトイレはやめとけ!」
「あの女はあきらめろ!」
       ・
       ・
       ・
       ・
その中に最近結婚した友達夫婦の新妻に
「丈夫な女子を産んで俺の嫁にくれ」というメールを打った。
神戸第3埠頭のフェリー乗り場に到着し、皆からの心温かい 
「帰ってくんな!」 などのメールをニコニコしながら
眺めているとカワイらしい新妻から電話が。
 
「何で赤ちゃんできたの知ってんの?昨日分ったばっかりで誰にも言ってないのに!キモ!誰がお前なんかにやるか、死ね。」
 
ん~んなんて幸先のいいこった。いい旅になりそうだ。などと考えていると、
 
入管らしいイカツいオヤジが二人近づいてきた。
 
「パスポート見せて」
 
「中国に何しに行くんですか?」
 
「何か入管に申請しなければならないような物は持ってないですか?」
 
明らかに見た目で判断されているが、でかいバックパックにヒゲ面では仕方ないと思い、
 
「何も無いですよ~」    ちょ~スマイル
 
俺の笑顔があまりにステキだったのか、気持悪かったのか、
 
「じゃ、じゃあ帰りに何か変な物を持って帰ってきたりしないようにしてくださいね」
 
と、二人でごにょごにょ言いながら去っていった。・・・・・・・・・・・・・・勝った。
 
 
いよいよ手続も終わり、船に乗り込む。
幼馴染の女友達が見送りに来てくれていたのだが、
やつの平然とした態度にビックリした。
物心の付いていない頃から、オケケの一本も生えていない頃から
ず~っと一緒にここまで成長してきて、しばらく帰るつもりは無いと言ってあったので
涙の一つでも見せてくれるのではないかと内心期待していたが
寂しい表情はおろか、遊びに行ってバカ飲みして帰るときと何一つ変わらない様子で
 
じゃあね。
 
と言い放ったあいつは、いろんな意味でスゲエ女だなと思った。
こいつが居る限り何の意味も無くても俺は日本に帰って来るんだろう。
 
 
もう一人、見送りに来ると言っていたアホが来ない。