アティクルの場合、九一年五月二八日が期限だった。

アティクルは、逮捕・収容覚悟で入管へ行くことにしたのだった。

アティクルが入管に行く。

しかし、弁護団は、まったく自信がなかった。

ただ、アティクルを強制退去にするのは、正義に反するとの信念しかなかった。

弁護団は、このケースを社会の注目の中で進め、入管が容易に強権を発動できないようにしたかった。

しかし、マスコミが取り上げるには、ある程度の社会性が必要で、この一件だけではどうにも弱かった。