先の記事を書くにあたって「きっこの日記」を眺めていると次のような一文が目に止まった。>


「国家権力を振りかざす警官が大嫌いだった赤塚不二夫さんは目ん玉つながりのおまわりのことを「小バカにする対象」として扱ってて(以下略)」


これは、赤塚不二夫先生の訃報に接して書かれた記事の一文。

この文を素直に読めば赤塚先生が警官嫌いだったと読める。

深読みすれば国家権力が嫌いだったとも。

どうも、きっこ氏は赤塚先生を自分と同じく反国家の人に仕立てたいらしいが、これはちょっと悪質だ。

赤塚先生の名誉のためにも書いておくが、赤塚先生は決してきっこのような反権力反国家の人だったわけではない。

警官が嫌いだったなんて話も訊いたことが無い。


きっこ氏はワイドショーのコメンテーターたちに「ロクに赤塚マンガを読んでもいない」なんて言葉を浴びせているが、自身もロクに読んでいないのではないかと思われる。

というのも、『天才バカボン』の初期においては警官はいつもバカボンたちを助けてくれるやさしいおまわりさんとして描かれている。

そこには決して、小馬鹿にする対象としての警官は描かれていない。

さらにいうと、このやさしいおまわりさんには満洲で憲兵をしていた赤塚先生の父親の姿が投影されているという。

ちなみに、バカボンのパパのモデルも同じ人だ。


なるほどたしかに、あの目の玉が繋がった本官さんは横暴な国家権力の象徴として描かれている。

これは赤塚先生自身も仰っていることだ。

しかし、同時にニャロメはその警官をはじめとした国家権力に反撥し、ゲバ棒を振るっていた左翼学生がモデルになっているのだ。

このニャロメについての話をきっこ氏流に忖度すれば、

「左翼学生が大嫌いだった赤塚不二夫さんはいつも悪態をつくニャロメのことを小バカにする対象と扱っていて」

ということになろうか。

でも、私はそんなこというつもりは毛頭無い。

早い話が本官さんもニャロメもいわば国家権力とそれに反対する学生のパロディーでしかないのだ。

きっこ氏のように単純に警官や国家権力が嫌いだったというわけではない。

それをどう忖度してか「国家権力を振りかざす警官が大嫌いだった赤塚不二夫さん」なんて書くきっこ氏の神経を疑わざるを得ない。

ま、これ以上、批判するときっこ氏と同じく下品な文章になるのでこのくらいに。



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蛇足:

ところで、きっこ氏の文体を真似ねて、「きっこ氏」という表現を「バカキッコ」と書こうかと思ったがやめた。

自分も氏のレヴェルまで落ちることは無いからだ。

大体、嫌いな人物を片仮名表記するというのは左翼が好んで使う手法で、きっこ氏も左翼らしく(こういう決め付けも「きっこの日記」の特徴)同じ手法を使っている。

(例:アベシンゾー、コイズミなど)

人を小馬鹿にする片仮名表記は「~センセイ」くらいにとどめたいものだ。