ツナの部屋

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私は柵で囲まれた家が欲しかった。居間にはピアノがあって、休日にはみんなが犬や猫と一緒に座って、音楽を演奏したり、歌ったり、笑ったり、飲んだり食べたりする・・・・みたいな家庭がほしかった。たとえ絵空事だと言われても、私はそれがほしかった。 (P.219)

シンディ・ローパー&ジャンシー・ダン 著『トゥルー・カラーズ シンディ・ローパー自伝』白夜書房 2013年

古くさいかもしれないけど、毎日7時に帰ってくるサラリーマンのダンナさんに「あんまり無理しちゃダメよ」ってやさしい声かけたり、子供と一緒に縄跳びの練習をしたりするような普通の生活が夢だったんです。それって、私の子供時代に得られなかったものなんですね。父親が離れて暮らしていたり、兄弟が多くて両親をひとり占めしたこともない。求めていたものがそのまま理想として心の刻まれてしまって。だから、「そんな夢バカバカしい」と言われても、消せないんです。(p.22)

中森明菜 私の中にはいつもふたりの中森明菜がいる JUNON 1995年 9月号 

音楽やファッションのテイストは異なるが、シンディ・ローパーと中森明菜には似ているところがとても多い。

 

シンディが語る「柵で囲まれた家」とは、「白い柵」とも呼ばれ、米国の伝統的かつ典型的なマイホームや幸せな家庭を指す言葉である。生い立ちで苦難を抱えたシンディと明菜は、人気スターになってからも、家庭の温かさを求めていた。

 

ふたりはステージではパワフルな歌唱や圧倒的なパフォーマンスを見せながら、内面はとても繊細で、子どもと動物が好きな慈愛深いところも一緒である。

 

たとえば、シンディは、1984年に一躍、世界のスターとなって来日した際、結婚について聞かれると今のところその予定はないと答えながらも、次のようにコメントをしていた。

めぐまれない子供たちを養子にして、日曜日のディナーのあとにピアノを弾いてあげたり、おっきなダイニング・ルームで、いっぱい子どもたちの話を聞いてあげられたらいいなって思うわ(p.55)

セブンティーン 集英社 1984年 8月号

子どもの世話が好きで保母さんになりたいと思っていた明菜は、著書の中でこのように書き記している。

子供ばかり集めたコンサートなんてやってみたいな。"明菜の、犬のおまわりさん”とか、"大きな栗の木の下で・明菜風”なんてね。踊りながら歌うの。(P221-222) 「本気だよ 菜の詩17歳」小学館 1983

明菜が出演したテレビ番組を動画サイトで眺めていると、保母さんに扮した明菜が子どもを前にして歌うユーモラスな演出のものが見つかった。「う・ふ・ふ・ふ」は、シンガーソングライターのEPOが1983年に歌ってヒットした曲なので、その頃の映像であると思われる。

中森明菜 う・ふ・ふ・ふ 番組名・放送日は不明

 

動物好きに関しては、シンディと明菜は、犬猫を保護して飼っていたことで一致している。シンディは17歳のとき、仕事帰りについてきた犬を保護して、「スパークル」と名づけ、絵描き修行のためのカナダ旅行にも連れて行った(前掲書 P.36-37)。

 

そして、明菜は小学2年生の時、近所の団地でいじめられていた猫を自分の猫だと嘘を言って連れて帰り、母親の許しを得て、自分で世話した体験を著書で語っている(前掲書 p.80)。

 

こうした慈愛のこころは、スターの品格をつくるといってよい。シンディも明菜も、困っている人を見過ごせないところがある。

 

2011年3月にアルゼンチンのブエノス・アイレス空港で、フライト遅延や欠航が続出し、空港側に抗議が殺到していた。その場にいたシンディは状況をみかね、空港のアナウンスマイクで「True colors」「Girls Just Wanna Have Fun」の2曲をアカペラで歌った。突然の空港ライヴにその場の乗客や乗務員も大喜びした様子をその場にいた人が撮影し、youtubeに載せている。

Cyndi Lauper Aeroparque Buenos Aires (from youtube)

 

シンディは、海外アーティストの中でも大変な親日家として知られている。同月11日、コンサートのために日本へ向う途中に東日本の大地震が発生。彼女の乗った飛行機は成田空港に降りられず、米軍横田基地に着陸する出来事に遭遇した。原発事故の不安もあって、他の海外ミュージシャンたちが次々と日本公演をキャンセルする中で、シンディは、予定通りにコンサートを行っただけでなく、会場で慈善募金を呼び掛けた。

 

そして、翌年には宮城県石巻市の小学校を訪問。日本人の知り合いに依頼して入手した桜の苗木10本を寄付した。

2012年3月5日 宮城県石巻市の大街道小学校を訪問

 

シンディは、著書の中でこう述べている。

木を持っていくことにしたのは、木は子供とともに成長して行くはずだし、桜の花は毎年震災のあった頃に咲くからだ。子供たちは災害の跡の代わりに桜の花を観ることになるだろう(前掲書 P.368)

保母さんではなく歌手になった明菜は、売れっ子スターとなったあとでも、子どもへの愛が変わりなかったことを知るエピソードがある。昨年ヤフーで掲載された明菜に関する記事のコメント欄で見つけた、つぎの投稿文である。

子供の頃、シブガキ隊の帯番組の収録見学の縁があって行き、明菜さんがゲストでした。 知り合いの方だったので、スタジオ関係者、芸能人、マネージャーらが入れない所で待機してたら、収録を終えた明菜さんがやってきて握手をお願いしたら素敵な笑顔で、握手寸前の所でマネージャーさんに遮られ奥の方へ連れていかれ、その時の明菜さんは僕に向かって「ごめんね」っていうジェスチャーをして去って行ったのをガッカリして帰ろうとした時に奥の方からタッタッタッとヒールの音がして振り向いたらスカートを少し持ち上げて、小走りに僕に向かってくる明菜さんでした。 子供だった僕の背丈にしゃがみ頭を撫でてくれて「いつも応援ありがとうね」って。 そして手を振りながら奥の方へ忘れられない思い出です。だから色んな事があった明菜さん、とても他人事とは思えなくて。 

まだ復帰は厳しいのかもしれないけど元気に居てくれたらと思うばかりです

(yahoo記事のコメント欄から)。 

この番組収録について、ネットで調べてみた。当時テレビ東京系列で放送された「レッツGoアイドル」(1982-1986)という番組か、解散特別番組「今夜見納め!これが最後のシブがき隊(1988年11月)のどちらかであると思われる。匿名コメントであるため、その真偽はわからないが、子どもの心を傷つけたくないと思ってわざわざ戻って来ることは、明菜ならば普通にありそうである。後者の番組は、youtubeで視聴できる。

『今夜見納め!これが最後のシブがき隊』 日本テレビ 1988年 11月5日 明菜の登場は、動画の7:17から。

 

もしこの番組の収録時の出来事であれば、ロングスカートにハイヒール姿の明菜が当時子供だったコメント投稿者に優しく接する様子が想像できそうだ。

 

シンディと明菜の一致点は、まだある。明菜は、1994年に最初のカヴァー・アルバム「歌姫」をリリースしているが、シンディも2003年に「アット・ラスト(At Last)」という初のカヴァー・アルバムをリリースしている。このカヴァー・アルバム、ふたりとも自分が子どもだった頃を回想して歌唱している点は興味深い。

左:シンディ・ローパー「At Last」(2003)

右:中森明菜「歌姫」裏ジャケット 

 

ジャケットを見ると、シンディは夜の都会を背景に黒いカクテルドレスを着ているのに対し、明菜は髷を結った華やかな着物姿である。それぞれの生まれ育った文化を背景にした美しい女性が演出されている。シンディは、この写真について「マンホール~下水っていうのは面白い。なにしろ、私はどん底から出てきたんだから(p.295)」と語っている。

中森明菜「歌姫」裏ジャケット

 

「歌姫」の表ジャケットには、ブリキの金魚など、むかしの駄菓子屋で売られていたおもちゃがデザインとして取り入れられている。その理由について明菜は、穏やかで、幼少の頃を思い起させる気持ちを表現するためと説明している。


「アット・ラスト」の収録曲はシンディ自身が選んだわけではないが、それらの曲の解釈においては、自分の育ちや子ども時代の出来事と深く関わっている。たとえば、エディット・ピアフの名曲「la vie en rose」(バラ色の人生)を歌うときは、華やかさではなく、心のなかの静寂を表現したと述べている。

Cyndi Lauper la vie en rose live  

 

「歌姫」は、レコード・ディレクターの飯田久彦氏の発案により、明菜自身がプロデュースしたアルバムで、1960年代から1970年代の楽曲をカヴァしている。収録曲のひとつ、荒井由実の「魔法の鏡」は、明菜にとって子どもの頃の思い出の曲だ。

ユーミンを初めて聴いたのは、小学校の5年生のときかな。長女のお姉ちゃんが聴いていたのが自然と耳に入ってたんだろうね。キレイなメロディだし、詞がね、くるよねー。ユーミンの歌は女のコだったら、誰もが胸にジーンってくると思うよ。「魔法の鏡を持ってたら~」ってあるでしょ。恋してる女のコだったらみんなあんな気持ちになるよね。今、カレは何しているんだろうって。(P.67)  

中森明菜「FIFTY OFF 」FM東京出版 1998年

明菜が歌唱する「魔法の鏡」は、ユーミン本人による歌唱や他の歌手がカヴァしたものとは、ちょっと違った趣きがある。20代、30代の女性がもつ”少女の心”を歌い上げているようにも聞こえるし、この歌詞の主人公に憧れる少女の頃を回想しながらしみじみと歌っているようにも聞こえる。

[中森明菜「魔法の鏡」歌謡びんびんハウス(テレビ朝日系)1994.7.10 情報:AKINA NAKAMORI FUN SITE]

 

他のアーティストによる名曲であっても、それを自身のものとして引き寄せる力量を持っているのが本当のプロ・シンガーなのだろう。連載2回目の記事「ふたりの共通点」で紹介した映画「アリー・スター誕生」のセリフ「魂の底まで掘り下げなきゃ、長続きしない。歌は正直なものだ。ウソは見抜かれる。」が思い返される。シンディと明菜の場合、優しさに満ちた歌唱はその場だけの取り繕ったものではない。だからこそ、いつまでも人々の心に残るのである。

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*連載していた「シンディ・ローパーと中森明菜」は、今回でひと区切りとなります。

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本当にありがとうございました。  TUNASET