昔は、「自分の思い通りになること」が、幸せなことだと思っていましたが
けれど今はそれは幸せの全部ではなく、ほんの一部
断片にすぎないと思っています。
それどころか、
「自分の思い通りにしたい」
という気持ちこそが、
苦しみの元である
そう思うようになりました。
誰かや何か、外側のものは思い通りにならないことのほうが自然である
そういう前提で生きているほうが、ずっと楽です。
思い通りになってもならなくても、私の幸せは私次第、というのは、とても自由です。
これは、自分の願望をあきらめて、頭で無理に、私は幸せなんだと思い込もうとする、ということではありません。
自分以外の誰かや何かを自分の幸せの中心におくと、いつもそれに振り回される人生で、
あの人がこうだから、私は幸せ
この人がこうだから、私は不幸
何かがあるから、私は幸せ
何かがないから、私は不幸
私の幸せは誰かや何か次第、というのは、どこまでいっても不自由です。
誰かや何かが自分の望むようになってほしい、というのは外側に対するコントロールで、
コントロールしようとすればするほど
かえってうまくいかなくなることも多く、
特に、対人関係がうまくいかなくなります。
人は誰しもコントロールを向けられると、嫌な気持ちになったり、逃げたくなったりするものです。
外側の出来事や人に翻弄されるのではなく、そこから何かに気付いて
自分を幸せに導く方向に、意識の向きを変えていくことができること。
そういう自分になること
そう在り続けること
それが本当の自由であり、幸せです。
昨日から新しいノートです
外側の出来事や人に翻弄されるのではなく、そこから何かに気付くためには、ノートを書くのがおすすめです。
外の世界を変えようとするエネルギーを内側へ。
そうすると、内側も外側も整っていきます。
--------------------



